愛と平和の弾薬庫 -70ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

図書館から借りてきた
「Doors at the Hollywood Bowl, 1968/7/5」を見た。
Jim Morrisonは歌っていた。
嘘も言い訳もなかった。
Jim Morrisonは生きていた。
Ray Manzarekはなぜ、Jim以外のVocalを立ててドアーズなんて名乗れるんだろう。

でもJimなら言うんだろう――どうでもいいぜ、と。

早く飛ぶなら追い風に、
高く舞い上がるなら向かい風だ。
 平泉ならびに岩手県に関する歴史の本を図書館からすでに6冊借りてきて読んでみて知ったのは、そんな昔のこと確定できね~んだよ、という事実。誰も何も「言い切れてない」。つまり義経はやはり宋へ渡ってジンギスカンになったかも知れず、泰衡はやはり真の平和主義者だったかも知れず、という「真実」。ということはすべて自分の信じたいように信じるしかない。アテルイもモレも、経清も貞任も、清衡も泰衡も、田村麻呂も源義家も義経も、我が心の決めたいままに、ということ。そして我が信ずる著作は「火怨」と「炎立つ」なのである。
……大和国家の時代、十三湖(じゅうさんこ=十三湊=青森県北津軽郡市浦村)のあたりに朝鮮半島からアラハバキ族という武闘軍団が渡来し、大和朝廷の勢力をこの地から排除し、東北、北海道に君臨する一大都市国家を作り上げた……
(星亮一著、「東北謎とき散歩」より)

高橋克彦の「火怨」、「炎立つ」の中で、蝦夷と呼ばれる東北人たちはアラハバキの神を奉っていた。巨石を奉り、物部一族の巫女が祈りをささげ、未来を占ったりした。

十三湖の北岸にモヤ山という「ピラミッド(人工的に作られたとしか思えない謎の山)」がある。
洗磯崎(あらいそざき)神社というアラハバキ神社はモヤ山を本殿(ご神体山)とする。
洗磯崎神社は、十三湊を根拠地として活動する安東水軍(安倍氏)が、祖神アラハバキ神を祀るために建立したと言われている神社である。
『東日流(つがる)外三郡誌」』「荒吐(あらはばき)神明細帳」に曰く……
「荒吐神とは荒吐族の崇むる神なり。その霊影は天地一切なり。是を造形なして人の造れるものはなく、社殿を建立することもなし」
「荒吐神と祀りきは、天と空と地と水との奉拝なり。即ち、天空地水の四祀は万物誕生の親とて一切の諸神を産みなしたる万能の神なりと崇拝す。荒吐神は天地万能の神通力を持つゆえに、陰陽二神を持って一神とす。即ち男女なりて世の明暗なるものに似たりと云ふなり」
(鈴木旭著、「古代みちのく100の謎」より)

Arabaki Rock Fes.の荒吐はやはりこのアラハバキの荒吐だった。

Young Guysなどと書いて、そのあとに、

「実年齢とは関係ない」

などと書き加えるのは歳食った証拠なのだ。

いいお仕事をなさって、そうして、誰にも知られず、貧乏で、つつましく暮して行く事ほど、楽しいものはありません。
心の中で、遠い大きいプライドを持って、こっそり生きていたいと思います。
(太宰治「きりぎりす」より)

ひさしぶりに太宰治を読んだ。戻っていくかのように心にしっくりきた。愚かしいぐらい正直な男(もしくは女)がそこに書かれているからだろう。太宰治って人はなんて正直な人なんだろう、と読めるように書いてあるからだろう。ふんだんに装飾されつくしているのに、読んだ感じがさらっとしているからだろう。
自分のいやらしさを暴露しているから、いやらしくない。やらしいやっちゃ、と笑わしてくれる。脳みそに筋肉がない。
俺の文章は肩に力はいりっ放し、脳みそがアスレチックしてるようだ。
小牛田を説得しに春日部より怪獣到来、急遽わが家に泊まることに。
マシンガントークに即刻降参。
今日も俺はタクシー運転手なのだ、と自分に言い聞かせながら仕事に向かう。いけない状態にある自分を、そろそろ本気で確認するべき時にきているので、一日一回はそう言い聞かせることにしたのだ。今日も俺はタクシー運転手なのだ。なのだな。なのだ!他の何者でもない。今日もタクシー運転手なのだ……!!
長町の以前「Ulmo」だった所のBook-Offで藤沢周平が揃いに揃っていたので思わず初買い。
「用心棒日月抄 ②孤剣 ③刺客 ④凶刃」
「三屋清左衛門残日録」
「隠し剣秋風抄」 計5冊 ¥1650
一日中ちらちらと、家に帰れば筋子でメシが食える、てなことを思っていた。
「夏目家の食卓」は夏目漱石の奥さん・鏡子さんの書いた物が原作ということで、ひどく赤裸々に夏目漱石の病気が描かれていて、これほどまでか!?本当かよ?と思いつつもけっこう驚愕。プロデューサーは久世光彦で面白くないわけがない。保存。
「タイガー&ドラゴン」(ヤクザが落語に挑戦する話)は何やらわけわかぬながらも最後には人情的にくくられるところに、なにやら工藤官九郎(脚本)なる者の世代の情緒を「こんなもんか……」とほのぼの見る思い。