愛と平和の弾薬庫 -68ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

図書館にベイ・シティ・ローラーズなんぞいう者たちのCDがあったんで、う~む……とか意味もなく唸りつつ借りてきて聞いてはみたんだが死にたくなった。

耳ざわりがいいだけの音楽や、懐かしさが心にさざ波打たせるだけの音楽には気をつけよう。ろくな気分にならないんだ。

音楽を聴こう。ラズベリーズを聞こう。初期のクイーンでもいい。スクリーミン・J・ホーキンスなんてのもいい。

はい、プールで泳ぐようになったのは30をひとつふたつ過ぎた頃でした。少々節制したぐらいではへこまなくなったお腹がみっともなく思え、どうにかせんと通い始めたのです。効果はてきめんでした。腹がへこむどころか、胸にはそれまで見たこともないような固いふくらみが生じ、肩がいかりはじめ、自分でも惚れ惚れするような男を鏡の中に発見するようになったのです。しかしそれも自分で商売なんてものを始めてしまってからは日常から離れていってしまいました。そして結婚。奥さんの作ってくれるものはどれもおいしくて私は太ってしまいました。40を過ぎた頃ふたたびプールに通い始めたのですが、以前のようにはまいりません。お腹のあぶらは固ささえ帯び、週に2度ほど通ったぐらいではどうにもならないのです。胸や肩につくはずの筋肉もいくら待っても現れてはきてくれません。かたよった筋をさらにこじらせるのが落ちというありさまです。こまったものです。でも望みは捨てておりません。水の中にいることがなんとはなし愉快だと思える気持ちが続く限り、私はプールへ通い続けるのです。いいじゃありませんか。

ひと月半ぶりぐらいにプールへ。

で、風邪ひきそうになっている。

な~んかこんなことになるような気がしてたんだよなぁ。でもこんな寒い日にウォーキングもかったるかったからねぇ、ここは一発ひさしぶりにプールだ!なんて思ってしまったんだよねぇ。なんつうかさぁ、こんなもんなのかねぇ。

巨人軍の選手たちがこの街に来ている。そう思うと何やら妙に胸が暖かくなってくる。なんとはなし、恋の気分。

勝って欲しいのはもちろん楽天である。前オーナーの子分たる堀内が監督をやっている間には巨人にはどんどん負けて欲しいと思っている。しかし胸はときめく。こればかりはどうしようもない。

仁志はいまごろケージでバッティングでも始めたろうか、二岡はこの街の空気を吸いながらどんな顔をしてるんだろうか、清水は寒くてふるえてるんだろうか、ほのかな笑みが思わずこみ上げてくる。

しかし試合を見に行くわけでもない。チケットを買わないでいてよかったとさえ思ってるぐらいだ。だって寒いし、雨がふるって言うし。気がついたら外野席さえ売り切れになってたんだが。

さあ、巨人軍、いま楽天が楽勝できそうなのは君たちぐらいしかいないのだ。おらが街の空気をどんどん吸って、ボカボカ打たれて、ブンブン振り回して、ドッカーンと派手に負けてくれ!俺はうれしい!まったく意味もなくうれしいのだ!

高橋克彦の「火怨」や「炎立つ」が美しく感動的なのは、阿弖流為や藤原経清の生きざまが常に死と隣り合わせにあり、「いかに生きるか」よりも、「いかに死ぬか」が人間にとって肝心のことなのだと暗に漂わせているからだ。その真理を時代の体制に都合のいいように利用すると特攻隊になってしまうが、やはり常に「いかに死ぬか」は考えておかなければならない。しかし老齢化社会。老後のゆとり。第二、第三の人生。文明社会は人に長生きを幸福だと思わせようと躍起だ。死ねとは言えないから当然だが、そんな社会は新しい産業さえ生む。――入れます保険。入れ歯接着剤やら大人用オムツやら。介護タクシーやら介護施設やら。――老齢者産業。だまされないように。だまされないように。

いない、走れない、停まる場所が見当たらない、そんな百万都市。

タクシー運転手にとって長期連休は地獄の底を這うような毎日。

また今年も最低記録を更新(14000円)。

今後、連休最終日は有休とすべし。

「ジェームス・ブラウンって知ってるか?」と訊いたのは俺。

伴侶は答えた。

「バカにすんなぁ。ダッダッダッダッダッダッダの人だべ!」

的確。

おととい、サテンドールで三宅伸治&風ズ&MyBabysを見て受動喫煙を満喫し、くらくらして帰ってきて我が家で一息、あらためて飲み直していたら銀歯が取れた、ので、今日歯医者に行ってきた、のだが、いわゆる相性のいい歯医者というのを見つけかねている俺はまた今回も新しい歯医者へ行ったのだった。

一年半ぶりだ。

今日ははずれたものをくっつけるだけなのでどうってことはなかったが、なんとはなしあんまり相性のいい歯医者とは言えない雰囲気があった。

一年半前まで約一年にわたって通っていた歯医者はなかなかで、だからそんなに通っていたのだが、流行るうちに怠慢になってしまい、神経を抜くとき通いのおんな先生など使うようになり、いわゆる「ダメ」になったし、伴侶に言わせれば治療費が高過ぎだというし、なかなか気に入っていたのに、歯医者選びは難しいものなのだ。

4月30日、伴侶とサテンドール へ。いつもの風ズMyBabys に加え、三宅伸治 を見る。

はっきり言って三宅伸治は、我が家ではいまいちの人気だった。清志郎 のコンサートで何やらえらそーにふんぞり返り、たまに自分の歌を歌ってもあまりよいと思えずにいたのだ。7・8年前に盛岡で見たコンサートで歌った歌など、どこか長渕剛的な暗いフォークソングで辟易したものだった。そんなだから4月30日も、もし入り口で入場者過多、座れそうにない雰囲気が漂っていたならば数時間も立っていられるもんじゃない、帰ってこようとさえ思っていた。泰華楼 で一杯やって焼きそばでも食って帰ってこようぜ、てなムード。

しかし、入れた。入れたからには、そして3000円、いや夫婦で6000円も払ってしまい無事座れたからには帰れるもんじゃない。覚悟を決めた。しかして……

よかった。これぞコンサートである。

この日ばかりはいわゆる前座となったMyBabys、そして風ズ。緊張感溢れる素晴らしいステージを披露した。風ズにいたっては前座などとは言えない風格さえたたえている。

そんなふたチームの活躍で、三宅伸治が現れる前にサテンドールの雰囲気はすっかりできあがっていた。できあがった暖かい雰囲気に浸りつつ自分の歌さえ歌っていればそこはすなわち「三宅伸治のステージだ」と言ってしまえるほどの準備がしっかりなされていた。

ところがそこがいわゆるプロなのだろう、いったん充分に熟しきったムードを、登場するや否や三宅伸治、一気に自分の色に染め変えてしまったのである。もうMyBabysも風ズもあったもんじゃない。その暖かさだけをしっかり受け継いで、次の瞬間には三宅伸治の空間にしてしまったのである。

数年前、俺と伴侶を辟易させたうっとうしさはすっかり消えていた。そこにいたのは、ギターの大好きな「ヤンチャなブルースンローラー」、スッキリした一人の男、ミヤケシンジだった。

素直に楽しませてもらった。楽しませてもらえた。

首の調子が異常に悪いので骨がどうにかなってんじゃねえかという心配を解消すべく20年ぶりに整形外科というところへ行ってみようかということになり、とほとほと歩いていったんだがやはり混んでおる。時間も金もかかりそうだな。帰ろっかな。いやそれでは心配の種が明日も育ち続ける。せっかく来たことだし。いい天気だし。エイヤッ!

骨はたしかに少々傷んでおった。がしかしそれも加齢によるもので何ら心配には及ばぬ、というか、しょーがねえんだと。それじゃまあ今後ストレッチを怠らずに自分でなんとかしましょうと内心で決心したんだが、それだけで帰しちゃ整形外科の沽券に関わるとでも言いたげに施療室へ。リハビリルームというらしいんだが、そこはそれ整形外科の施療室、年寄りどもの社交場。若い看護士さんたちに怒られどやされしながら楽しそうな空間。いやはや整形外科ばかりはいつの時代も景気いいね。

我が出費、4,310円(レントゲン3枚、牽引、温熱、電気、薬三種and湿布)