ビートルズという基礎 | 愛と平和の弾薬庫

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目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

中学2年の頃(1973年)だったと思うが、日曜の朝9時からビートルズの曲をすべて流す番組が始まった。

その番組を全部録音すればいっぺんにビートルズの曲を手元に置くことができたはずだが、我が家にはまだラジオしかなかったからか、もしくはラジカセはあったがカセットテープを買う金がなかったからか、それとも毎週30分番組を録音する根性がなかったか、その番組を録音した記憶はない。もしかしたらその頃にはビートルズのLPを全部買い揃える気持ちが出来上がっていて、録音なんて頭ははなからなかったのかもしれない。

「There’s A Place」みたいなLPの中の目立たない曲や「This Boy」みたいなシングルのB面にしか収められていない曲まですべて聞かせてくれたこの番組が、俺の中にビートルズという存在をしっかり固定させたに違いない。

時代はビートルズが解散してからまだ2,3年で、ビートルズにとって初めての本格的なベストアルバム、いわゆる赤盤・青盤なんてのも発売されていた。清志郎や松村雄策のように「ビートルズの時代」の真っ只中にはいられなかったけれど、まだビートルズの温もりはすぐそばにあった。

初めて手に入れたアルバムは「イエロー・サブマリン」だった。当時おふくろが付き合っていたおじさんがなぜかは知らないが買ってくれたのである。おふくろは俺が知ってる範囲では結婚していた時期はない。相手のおじさんが独身者かどうかはまったく知らない。

「イエロー・サブマリン」はビートルズのファンならだれでも知ってることだが、片面はジョージ・マーティンのしきするオーケストラの曲で占められていて、ビートルズの演奏はA面のみで、ビートルズのアルバムを初めて買う人間の選ぶアルバムじゃない。じゃあなぜ「何が欲しい?」と聞かれて「イエロー・サブマリン」のLPと言ったのか。自分のこづかいで買いたくなかったからだ。だって片面はビートルズの演奏が入ってないんだもん。そんなものは人の財布に頼ったほうがいいに決まっている。

あきれた中2といやあ中2である。

けれどもちろんそれがいいと言ったのはそんな計算からだけじゃない。「Yellow Submarine」という曲がやたら頭に引っ付いていたのだ。ういおーりーびんないぇーろさぶまり~ん、の繰り返しが。

しかし買ってもらったLPを聞いて、俺はそのタイトル曲以上にそのアルバムそのものを好きになることになった。

「Hey Bulldog」「It’s All Too Much」「Only A Northern Song」「All Together Now」「All You Need Is Love」

どれもこれも素晴らしい曲だったからだ。

なかでも「Hey Bulldog」「It’s All Too Much」「Only A Northern Song」の分厚さと言ったら、中2の耳にはまさにハードロックそのものだった。カッコよかった。

次が「The Beatles: 1966~1970」、青盤。これはおふくろに誕生日に買ってもらった。

なぜこれになったかは、2枚組だったから。

当時の1か月のこづかいがいくらだったかはまったく覚えていないが、少なくとも2枚組のLPはそう簡単には自分では買えなかったのだ。

「Strawberry Fields Forever」に始まり「The Long And Winding Road」で幕を下ろすこの2枚組に俺がもらったものは、とんでもなく重い。ある意味、重すぎたくらいだ。もし初めて買ったロックのLPがストーンズの初期のアルバムだったら、もしかしたらもっとバンドってものを楽しめる人間になっていたかもしれない。でもそうじゃなかった。これ(青盤)が感覚の中心にどんと居座ったのである。バンドなんてできるわけがない。(そのあといろいろあってやったけど)

青盤の次は「ラバー・ソウル」だった。

コーラス・ワークの塊である。

今でも、「ラバー・ソウル」の、

Drive My Car→Nowegian Wood→You Won’t See Me→Nowhere Man

という4曲の流れはどんな人のどんなアルバムのどんな曲よりも好きだ。

それと「In My Life」という世界一の曲。

Deep Purpleの「紫の炎」という曲に出会うまで、俺はひたすらビートルズのレコードだけを買い続けた。