おばあちゃんに連れられて不動産屋の車で部屋を見に来た時、俺はすでに「すーさん」になっていた。
おばあちゃんがいなかったら彼女の口から出た「すーさん」の正体に、俺はまったく気づかなかったに違いない。
気づくわけがない。初対面の人間の名前をはなっから決めている人間がこの地上に存在するなんて、誰にだって想像もつくわけがないんだから。
「で、すーさんはばあちゃんのところで育ったわけだ」
俺の顔を見つめ、俺に向かって初めて発した言葉がこれだった。
おばあちゃんのことを園以外の人間が、それもおばあちゃんとほぼ同い年と思える人間がばあちゃんと呼ぶことにもびっくりした。その上に重なってすーさんなんて呼ばれたことに俺の頭は真っ白っつうか、真っ赤つうか、真っ暗つうか、とにかく激しくストレートにコンフュージョンしたのだった。
「はあ……」としか俺には言えなかった。
「ま、そんなとこ」とおばあちゃんは言った。そして俺を見上げ、「この人んところでお世話になるとね、もれなくついてくるのよ」
とおばあちゃんは続けた。「すーさんって呼び名がね」
本名とどっちがいい?おばあちゃんにそう聞かれてるような気がしたものだ。そんなこと俺に聞くわけもないおばあちゃんに。
でもしかしお世話になると、ってことは、と俺の頭は回転した。このアパートに住んでる人は全員が「すーさん」なのか?
俺の考えてることなんかすべてお見通しのおばあちゃんは、ふっと笑って俺を見上げた。
「そう、み~んなすーさんなのよ」