「そんじゃさ」
奈美恵が言った。
「三枚目までってことは、ソーヤさん、ソフト・パレードからあとはダメなんだ」
『ソフト・パレード』はドアーズの4枚目のスタジオ・レコーディング・アルバムだ。そのあともう2枚、ドアーズは『モリソン・ホテル』と『LAウーマン』というアルバムをスタジオで作ってる。この3枚について、俺はあんまり言及したくない。「モリソン・ホテルは好きだよ」
「ソフト・パレードとLAウーマンはダメなの?」
「ソフト・パレードも、まあ、嫌いじゃない」
「LAウーマンはダメなんだ……?」
「最後まで聞いてらんない」
「えー、なんで?」
「ジムが弱ってて、バンドに引きづられてる。どうしてもそう感じる」
「そんなに弱ってるかな? LAウーマンのジム」
「俺には、そう聞こえる」
「で、最後まで聞けない……?」
「聞けない」
そうかなって顔のまま、奈美恵は正面を見てコーヒーをズルズル、それからため息みたいに呟いた。「かわいそ」
「可哀想?」
「だってもう7年で死んじゃうんだよ」
「7年?」
「わたしハタチなんだ」
「ああ……。ん?」
ジム・モリソンは27才で死んでる。で、奈美恵はハタチ。だからあと7年?
なんでだ?どうしてそこを重ねる?話の流れ的には「7年」じゃなくて「数ヶ月」だろ。『LAウーマン』の録音後、数ヶ月で死んでるんだから。こういうの、わかってやんなくちゃなんねえのか? それともあれか? こいつはジムのみならずジャニスやジミヘンが死んだ27才で自分も死のうと思ってんのか?
一つの言葉が頭に浮かんだ。
エキセントリック。
一番苦手な言葉だ。
もしこいつがそういうタイプの、つまり、わたしちょっとぶっ飛んでるけど、それってわたしの素晴らしいところなんだから、みんなこんなわたしをしっかり受けとめてね、なんてな単なる自意識過剰の勘違い女なら俺は無理だ。付き合えない。退散だ。
「なに重ねてんだよ。わけわかんねえよ」俺は言った。
「え?」
奈美恵は俺の声で我に返ったみたいだった。
「27才で死ぬつもりなのか?」
「え?そんなこと思ったこともないよ、ぜっんぜん!」
「だったらなんであと7年なんだよ」
言って俺はコーヒーをズルズルやった。あったかいコーヒーが喉に気持ちいい。タバコが吸いたくなった。でもそれは体のことだ。気持ち的には別に吸いたくない。
「ああ……」
奈美恵がぼんやり頷いた。
「なんか可哀想になっちゃって。可哀想だと思ったら急に重なっちゃって。って、わけわかんないか。でもさ、だからLAウーマンも今度からはもうちょっと優しい気持ちで聞いたげて。わたしに免じて」
何が「だから」なのか。何が「わたしに免じて」なのか。さっぱりわからない。でもまあ『LAウーマン』だって、聞いてるのが辛いってだけで、別に嫌いなアルバムじゃない。
「わかった」
言って俺は息をついた。
「よかった」
奈美恵が笑った。
でも、優しい気持ちでCDを聞く?これもよくわからない。