小説「彼女と黒猫 in Strange Days」6 | 愛と平和の弾薬庫

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

 古い街並みを行く大道芸人たち――怪力の大男、踊る小人、ジャグリングするピエロ顔の男、曲芸師のコンビ、ラッパの眼鏡老人、その後ろの壁に、なにげにファーストアルバム『ザ・ドアーズ』のポスター。これが『ストレンジ・デイズ』のジャケットだ。

 とにかくヤバいのが聞きたい。ゾクゾクしたい。じゃなきゃロックじゃねえし。高校一年の頃はいつもそう思っていた。だから「攻撃的」「過激」「危険」「耽美的」、そんな言葉で表現される「ドアーズ」という名のバンドの存在はちょっと気になってた。ボーカルがドラッグで死んでるってなヤバさもかなりそそった。でも高校生だ、買えるCDは限られてた。ハナッから「当たり」とわかってるのにしか、どうしても手が伸びない。ラジオでもほとんどかからないドアーズには中々手が出なかった。

てな俺の背中を、ほれ!と押したのが古本屋の中古CDコーナーだった。いつもなら俺の大嫌いなベスト盤しかない棚に『ストレンジ・デイズ』があったのだ。邦題『まぼろしの世界』、1350円。わかった。俺は深く顎を引いた。これを買えってこった。こいつは運命だ。

ついにドアーズを手に入れた。わくわくしつつヘッドフォンを装着、聴いた。わかんなかった。ぜっんぜん、わかんなかった。

 全体を怪しげに覆うオルガン。ペラペラピロピロ芯のないギター。ロックってよりはジャズなドラム。ロックっちゅうにはちょっと弱いだろ、ってなボーカル。そんで何より、ヘヴィーに押してこないサウンド。これのどこが攻撃的なんだ? 過激なんだ? 危険だっつんだ? まあ、耽美的ってのはわかる。でもぜんぜんロックっぽくねえ。

 買って二、三度チャレンジ、でも結局あきらめた。ダメだ、やっぱわかんね。でも高校生にとって一枚のアルバムは「ひと財産」だ。少なくとも俺にとってはそうだった。「わかんね」の一言じゃ片付けきれない。しかも相手は前々から気になってたドアーズだ。こんなはずはない。半月以上放ったらかしにした「大道芸人たち」を、俺は再びデッキに装填した。最後のチャレンジだ。とにかくもう一回、最後まで聞く。これでダメだったら終わりだ。

ヘッドフォン装着、机に突っ伏した。

三十五分後、灯りを消した部屋の中、デッキのPLAYを再び押すために椅子から立ち上がった。

その三十五分後、また立ち上がった。PLAYボタンを押して床にうつ伏せて目を閉じた。

さらに三十五分後、起き上がってまたPLAYを押し、今度は仰向けに大の字になった。

四回目を聞き終ってやっと部屋の灯りをつけた。

わかった。ロックっぽくなくて当然だ。これはロックじゃないんだから。

ドアーズなんだから。

ジム・モリソンというボーカリストと、彼の魂をそれぞれの楽器で表現する三人の男たち、それがドアーズだった。そんなドアーズには、パンクやヘヴィメタみたいな「ヘヴィーに押してくるサウンド」なんてありえない。時代的に一緒なサイケデリック・サウンドのバンドともぜんぜん違う。ドアーズはどんなサウンドも、目指してはいないのだ。だから、素晴しいメロディーばっかだが、メロディーだけでうっとりさせようなんて、そんな目論見もどこにも見当たらない。サウンドだけじゃない。歌詞に込めたメッセージを聞いてくれなんてのもない。もしかしたらあるのかもしんないが、英語だからよくわかんねえし、でもわかんなくてもぜんぜん問題ないし、ぼちぼち理解できる歌詞からは、大げさなメッセージなんてぜんぜん発してない。

ドアーズは、メロディーと歌詞だけではでき上がっていなかった。自分たちをそれだけで、作り上げようとしてなかった。もっと独自のもの――ジム・モリソンという存在とその魂で、ドアーズはできてた。そんな感触を素直に受け入れるためには、俺の場合、半月という消化期間が必要だったのだ。そう俺は理解した。初めてドアーズを聞いてから半月たってやっと、ジム・モリソンを受け入れる準備が俺の中にでき上がったのだ。そしていったん彼らを受け入れてしまったら、もうこんなふうにしか思えなく、俺はなっていた。――これがロックだ。こういうのこそが、ロックなのだ。あとは、ロックみたいなだけだ。

そんな『ストレンジ・デイズ』との出会いのあと、俺は彼らのファースト・アルバムを聞いた。彼らの代表作でもあるファースト・アルバム『ザ・ドアーズ』は、たとえ「ブレーク・オン・スルー」なんてロックそのもののような曲で始まってても、「ソウル・キッチン」なんてブルースがロックに突入していく瞬間みたいな曲がなにげに混じってても、「ハートに火をつけて」なんてロック史のみならず音楽史にまで残るような名曲が入ってても、「ジ・エンド」という衝撃的な曲で締めくくられてても、そんな曲のてんこ盛りで全体の完成度がどんだけパーフェクトでも、俺の耳にはどうしても、〈かなりすごいバンドが作った普通な成り立ちのロック・アルバム〉としか聞こえなかった。

 

 つうようなことを全部ここで語ってやってもいい。でもやっぱ面倒だ。

 「ジャニスのアルバムはほとんど好きだし、ドアーズも三枚目までは同じぐらい好きなんだけどな」

 とだけ俺は言った。

 「好きなんだ、けど?」

 奈美恵が眉間にしわを寄せた。

 「これまで聞いた中でストレンジ・デイズは別格、一生変わらないナンバー・ワンなんだわ」

 「ナンバー・ワン?」

 「ああ。ナンバー・ワン」

ギターを背中からはずし、空の缶を振りながら俺は立ち上がった。

 「もう一本、どう」

 「おごってくれるんだ……?」

 「同じのでいいよな?」

奈美恵が頷いたんで俺は15メートルぐらい戻って、ブラック缶を二個買い、Tシャツの裾に乗せてベンチに戻った。

 「今度は熱いの飲むの?」

 「見てたら飲みたくなった」

 「ふーん」

 口元を変に歪め奈美恵は笑った。

完全に小馬鹿にされた。無視して缶を開けた。