午前11時を5分もずれることはない。午前10時55分から11時5分のあたりには一方通行の裏道から砂利敷きの駐車場へ○○タクシーの○○号車は入っていく。
近隣の住人たちが契約する月極駐車場内に2台分の駐車場が確保してある。頭から入れなくてはならないのが便利なようで実は不便だ。すでに一台停まっていたりすると、とても入れるものではない。決まりを無視してケツから突っ込むこともある。が、11時開店の店に俺より早く来ている客もあるはずはなく、邪魔っけな先客はたいてい無断駐車のたぐいである。これまで2・3度あった。
最近は早めに暖簾(のれん)を出すようになった。以前おばちゃんから、「暖簾出てなくても、ちょっとぐらい早くても入ってきてくださいねえ」などと言われたりしたが、俺はそういうのは嫌いだ。常連面というのができない性質(たち)なのである。どれだけ通い詰めてもいつまでも「ひとりの客」としていたい。うまい、と思った店ほど、そうしていたい。
暖簾が出ていないと決して入って来ず、車の中で横になっているこちらのあり方が気になったのか、ただ単に、早めに出すようにしたほうがもっと客が来るかも、とでも思ったのか、ここ一ヶ月ぐらい、2・3分前には暖簾が出るようになった。教育が効いたようだ。
車から降りて、まずはトイレに向かう。店の外にある。工事現場にあるような臨時トイレとでも言うのだろうか、あれが店の裏にあるのである。さっぱりだったとか、うんざりだとか、やってらんねえとか、午前中のすべてをそこで排泄する。そして何を食おうか思案する。モヤシラーメンか、ワンタンメンか、中華飯か。
トイレが外にあるような店だから、建物はかなりの年代ものである。近々……と流布されている宮城県沖地震がついにやってきた時には居たくない場所ではある。これまで持ちこたえてきたから、ここにいまだもって建ち続けているには違いないが、次も大丈夫という保証はまったくないのである。しかし11時になると俺は必ずここに来る。定休日の火曜以外は。
中に入ると四人がけのテーブルがひとつ、小上がりにも四人分の座布団、カウンターにも四人分の椅子、定員12名。以前は一人でもあることだし、カウンターに座っていた。ところが面と向かう調理場がハイター臭いのにまいった。そんなにおいをかぎながら憩いのひと時を過ごしたくはない。11時の一番客、他に客がいるわけでもなし、いつからかテーブルを定位置にさせてもらうようになった。
モヤシラーメン、と言おうと思ったところで俺は思いとどまる。カウンター席の頭上、調理場との仕切り壁に「本日のランチ」と「本日のサービス」が貼ってあるのだ。ランチはラーメンと中華丼とかカレーライスとかで680円。サービス品は単品のラーメンを50円引きしてある。「本日のサービス」にタンメンと書いてる時、俺は予定を即座に変更する。モヤシラーメンを食う金でタンメンが食えるのならやはりタンメンのほうがいい。腹の具合が今いちの時以外は。
仙台市若林区河原町、七十七銀行から一方通行を入っていった奥、左側に昭和的に佇んでいるラーメン屋「いずみ」は醤油味のラーメンがお奨めだ。ラーメン、モヤシラーメン、ワンタンメン、マーボー豆腐ラーメン。塩味のタンメンはかなりさっぱりしているので好きずきだろう。
出前係のオヤジが暇そうに煙草を吸い始めるのにははっきり言って閉口だが、ひょうひょうとしていつも目線をちょっと高めにしているのは気持ちがいい。
ごく普通の、普通以外の何ものでもないラーメンが食いたいのだ。つねにそんな思いを沈殿させている俺にぴったりのラーメンを、どうかいつまでも。