そこらじゅうに空車タクシーが客待ち停車してるっつーに車道に大きく踏み出してわざとらしいぐらいまっすぐ手を伸ばしているおじちゃんともあんちゃんともつかない野郎はすぐ近くまでしか乗らないと決まっているが、どんなんでもいいからとにかく数で稼ぎたいと思っているタクシー乗務員はスススーっと後部ドアが彼の腕に触れるか触れぬかの所にビッタシ止まるのである。
案の定彼は「ふつう歩くだろう!」場所を口にした。がそれだけではなかった。
「ラジオは消して」
しっかりした語尾が命令口調ではあるが、しかしそこに漂うのは単なる気分である。命令というには力が足りないのだ。聞き様によっては独り言ともとれる口調。まるで、真っ白な冷たい粘土をうす~くきっちり平板に延ばしきったような、そんな言葉。殺意を相手に抱かせる声。
彼が乗ってきた場所は某新聞社の仙台支店前である。支所というのかも知れぬ。とにかく全日本にその名を馳せる新聞社の彼は社員なのである。そのプライドとでもいうの?まったく彼の日常とは無縁の人間にとっては関係のないものを、彼はプンプンと車内に発散していた。そんな彼の「ラジオは消して」。
偉いんだなあ、と思う。A新聞の社員って。だって、こうやって静かにまるで独り言のように人に指図できちゃうんだから。
折りも折り、夕方のテレビで(なんと我が車にはナビがついていて好き放題テレビが見られるのである)「殺される親」みたいな特集を見たばかりだった。俺がこいつの息子に生まれていたら、と思考は直進走行していく。間違いなくYacchaうなあ。
アーメン。