ふたりで遠征地に移動した一ヶ月後、あの人は結局二軍のピッチングコーチとなって、またあの街へ戻っていった。
クビになったのは俺のほうだった。
23才。
まだまだいくらでもやり直しがきくとは言え、やはり腹にこたえた。
ブルペンキャッチャーの席は空いてるんだがな、と編成の人間は言ってくれた。
しかし俺はその席にはつかなかった。
あの人が、思わず照れちまうぐらいまっすぐに俺を見て言ってくれたのだ。
「お前は違うと思うんだ」
「違いますか」
「ブルペンキャッチャーより稼げる男だと思うんだ」
あの人は40才。
俺より17も上だった。
ずっと球を受けてきた、そんな年上の人間からこんなことを言われたら、誰だって、
……そうなのかな。
と思っちまうってもんだ。
「お前の顔は食いもんやの顔だと思うんだよな」
「食いもんやですか」
「食いもんやだ」
「焼肉とか」
「うん、焼肉屋とか」
「ラーメン屋とか」
「うん、ラーメン屋とか」
「フランス料理は違いますよね」
「うん、それは違う」
「修行、ですか」
「修行だな」
バッティング練習もほとんどさせてもらえないような、事実上のブルペンキャッチャーだったとは言え、
一応年にうん百万はもらっていた身だ。
修行という言葉は腹にずしんときた。
「焼肉屋はいいぞ」
とあの人は一瞬の沈黙のあと唐突に言った。
「いいですか」
「いい」
「あの、どこが」
「ほとんど料理しなくてもいい」
「でも、なんて言うか」
「なんだ」
「なんて言うか、仕入れと言うか、原価と言うか、客が入んないとすぐにダメになると言うか」
「ほらな」
「ほら、ですか」
「ちゃんとそんなふうに考えられるだろ、お前は」
「そりゃ、それぐらいはわかります、って言うか」
「向いてるんだよ。できる。そっちで行ったほうがいいんだ、お前はやっぱり」
そうなのかな、と思った。
なんと言っても17才も上の人、しかもずっと俺に向かって、
俺なんかに向かって精一杯の球を投げ込んでくれていた人が、そう言ってくれるんだから。
0コンマ数秒、悲しいズレがあって、あの人の球は俺のミットに収まった。
その0コンマ数秒をどうにかしようとあの人に向かって声を張り上げていた俺だった。
楽しかった。
毎日が、今にして思うと本当に楽しかった。
どこで何をしていいかわからない俺は結局、このまた一ヶ月後、焼肉屋へ面接に行った。