先日ポストに入っていたビラ(ペットを飼っている人の作ったやつ)を伴侶にも見せた。すると伴侶は、
「ああ……きっとあの人だ」
と作った人間を断定した。
たぶん、エレベーターで出くわすといつも「すいません」と言う黒いラブラドールを連れたあのご婦人だと。
その黒ラブはきょとんと伴侶を見上げ、かすかにシッポを振るばかりでとてもお行儀がよいと言う。
もちろんどんなに行儀がいい犬であろうが、犬が苦手な人はやっぱり怖いだろうし、マンションなんかで飼われるラブラドールは可哀想に違いないんだが。
さて、そんなふうに、出会う人にいちいち「すいません……」を繰り返すような飼い主である。エントランスのエレベーター(三基ある)わきに三種計九枚、各階ごとにエレベーターを下りたところに必ず一枚、ペット飼育者を完全に悪者扱いした内容のビラが貼り巡らされているような環境では――たとえ自分のほうに「販売業者にはペットOKと言われた」という正当な事情があるにしても――とても神経がもたないだろう。
だから伴侶は、相当に神経衰弱な雰囲気をたたえたあのビラはそのご婦人が作成したに違いない、と断定したのである。
そしてさらに伴侶は、俺の知らない現状を口にした。
「その人と黒ラブはいいの。最悪なのは!おっきな台車にでかい、何の種類とももう判別できないような汚い犬乗せて、ギャーギャーうっるさいガキふたり連れてエレベーターに乗ってくる小ヤクザみたいな夫婦!」
そうだったのだ。
マンションの管理組合が出て行って欲しいのはむしろ、この夫婦なのである。少なくとも現時点では。一番新しい貼紙の文面を見ればそれは明白である。
その他にも、管理組合が貼紙攻勢を激化させる4・5年ほど前まではいろいろあったようだ。
これはあきらかに犬の仕業だというような臭いがエレベーターに充満していたり、管理業者や管理組合を神経質にさせるような環境がそこにはあった。それゆえの4・5年前からの急激な貼紙攻撃なのだろうと推測される。
しかし今は、である。胸に堂々と犬を抱いてエレベーターを使うような人はいないし、エレベーターが妙に臭うなんてこともなくなった。すなわち、管理組合が標的としているのは伴侶の言った「小ヤクザ夫婦」以外には考えられないのだ。
ところが管理組合や管理組合に雇われている管理人たちのやっていることと言ったら、貼紙の一言一句にびくびくしながら暮らしているペット飼育者を神経衰弱に陥らせるだけの「貼紙攻撃」だけだ。
しかも、その貼紙では「悪質な場合には法的手段も辞さない」などとのたまいながら、さらには「台車に乗せて出入りしたり」などと具体的に標的を定めておきながらも、その「悪人」には声をかけることすらせず(できず)にいる。
「法的手段も辞さない」などと遠吠えしているだけで、さして問題のないペット飼育者を萎縮させている管理組合の貼紙攻撃は、
「脅しでしかない」
と伴侶は言い切った。
俺もそう思う。
そう思った以上、俺もそろそろ管理組合の話し合い(総会っちゅーの?)に出ねばね。
(俺なんぞが出てもなんも変わらね~か?)
■タロのしっぽ・ライブラリー更新→ハーケンと夏みかん/椎名誠