娘は心理学の勉強をすることで、自らの病についても原因や経過などを客観的にとらえることができるようになり、その分析を時折教えてくれる。

その道を選んだことは本当に良かったと思う。

 

拒食症を発症したのが中学2年、本来であれば部活に励んだり友達と遊んだり、おしゃれをして出かけたり、人生で一番楽しい時期だったはずなのに、それらを何一つ経験することのない月日を過ごさせてしまった。

 

一日中食べ物と痩せることで頭がいっぱいの毎日、3ヵ月もの入院生活、どんなに辛かったことだろう。

拒食から勉強へと依存が移行してからは勉強漬けの日々。

 

拒食症から抜け出し始めた頃から、

「私には友達もいない、楽しかった思い出もない、勉強しかしてこなかったから…

もっと普通に、同年代の子たちのように楽しんで青春したかったのに…」

そう何度も泣きながら訴えられた。

「本当にごめんね」

としか返す言葉がない。

 

私に対する暴言や暴力は、不安、恨み、怒り、虚しさ、悲しさ、寂しさ、後悔、それらの入り混じった気持ちであり、ぶつける相手は私しかいないのだ、と理解するまでにずいぶんと時間がかかってしまった。

 

私は娘の病を通して、人間にとって最も必要なのは無意識に体感できる愛情を受けることだと教えられた。

それさえあれば人間は強くもなれるし優しくもなれる。

愛情とはすなわち父と母の愛。

愛が足りなくて拒食症になった娘は身をもってそれを理解している。

 

愛ある人と出会い、娘の未来が愛し愛される幸せな人生になることを心から願っている。