幼少期の被害を認めることが心を解放する

 

 幼少期、私たちは自分の感情や欲求を正直に表現できないことがあります。私は小さい頃、人に預けられてばかりで、家にいたいのに保育所や学童に行かされることも多く、安心して自由にできる時間を持てませんでした。子どもながらに「どうして自分の望みは通らないのか」という葛藤を抱えていました。

 

 こうした経験は、無意識のうちに「安心を得るには犠牲を払わなければならない」という潜在意識のパターンとなっていました。大人になってからも、結婚生活や人間関係の中で同じような葛藤や不自由さを感じていました。

 

「安心を得るには犠牲を払わなければならない」という無意識の中にある潜在意識が幼少期の再現となって大人になってからも同じ様な状況から抜け出せないままでした。

 

 心理学者アリス・ミラーは、「自分を正当化する思考」をFalse Self(偽りの自己)と呼びました。「母親だって大変だったから仕方がない」「自分がこうすればよかった」という思考です。これは自分を守るための防衛であり、生き延びるために必要だった反応でした。しかし、同時に本当の感情や欲求を隠し、自己を歪める原因にもなります。

 

 大切なのは、幼少期の自分を被害者として認めることです。「私は被害者でしかない」と認めることで、False Selfから解放されます。被害を正当化せずに体験をそのまま受け止めると、過去の葛藤に囚われることなく、今の自分の意思や欲求を尊重する力が育ちます。

 

 幼少期に経験した不自由さや不安定さは、決して自分のせいではありません。母親が母親でなかった、あるいは環境がそうせざるを得なかった、ただそれだけです。その現実を受け入れることで、初めて本当の自己が現れ、自由に安心を感じることができます。

 

 大切なのは、責める・恨むではなく、「そういう体験をした私がいた」という事実の承認です。他人に理解される必要もありません。

 

 客観的に今の自分は何もできなかった幼い自分ではないと、過去と現在を切り離し、「過去の私は被害者だったが、今の私は違う」と意識することで、今の自分への自信や信頼へ繋がります。

 

 ある時、ふと自分以外の人が真似されていたり、他人が他人の表現ややり方をコピーしていることへの嫌悪感がなぜわくのかと不思議に思いました。そこで、どんな心理的な反射があるのか調べてみました。

 

 

 

 「正当な承認」への欲求

 

 心理学者アブラハム・マズローの欲求段階説では、人は自分や他者の努力・発見・創造が正しく評価されることで安心すると言われています。それを他人が東洋したり、功績を横取りするような状況を見ると「秩序が壊される」という感覚が生じます。

怒りはここからくる感情なので、自然なものと捉えることもできます。

 

 ただ、度を過ぎたこの「正義感」や、自分と他人との境界線が薄い場合、過剰に心が反応してしまう傾向にあります。湧いてくる感情に引っ張られるのであれば、自分の心の反応に向き合う必要がありそうです。

 

 

 「誠実さ」や「真実」に対する倫理的怒り

 

心理学的に道徳的憤り(moral outrage)と呼ばれるものがあり、自分の価値観(誠実・正直・努力を尊ぶ)が踏みにじられると、人は怒りを感じます。
たとえ自分が直接的な被害者でなくても、「真理をゆがめてまで自己顕示する人」を見ると、倫理的な整合性が壊れるような不快感が起きます。

 

 

 知的所有」へのアイデンティティ意識

 

 知的なもの(考え・表現・理論)を自分の一部として感じている人にとって、それを他人が安易に借用すると、自分の領域を侵害されたように感じます。
心理学者ウィニコットの言う「真の自己(True Self)」の表現に近いものほど、それをコピーされると強い怒りが湧くのです。
なぜなら、それは単なる情報ではなく、「自分の内的な創造物」だからです。

 

 

  誠実さのバランス

 

他人の理論を自分のものとして語る人への怒りは、単なる嫉妬ではなく、「誠実さ」「正当さ」「創造の尊厳」を守ろうとする健全な反応でもあります。
ただ、怒りが強く出る場合は、「その誠実さを自分の中でどこまで守れば十分なのか」を見直すと、他人の行為に振り回されず、自分の誠実さを自分の喜びとして保つことができます。

 

 自分らしさを守りたい心の働き

 

 自分のアイデアや表現を他の人にまねされたとき、不快感を覚えることがあります。「自分のものを取られたわけではない」と頭ではわかっていても、「それは私の発想だったのに」と感じてしまう。これは単なるプライドの問題ではなく、「自己同一性(アイデンティティ)」を守ろうとする心の自然な反応だということを知りました。

 

 

 ユング心理学では、こうした感情には「優勢機能」と「劣勢機能」のバランスが深く関わっているという観点があります。

たとえば、自分の内面から生まれる感性や洞察を大切にするタイプ(直感型・感情型)は、内側の世界と深くつながっているため、「自分の体験や思索の果実」が他人の手で再構成されることに敏感です。それは単なるアイデアの盗用ではなく、「自分の心の一部を奪われたように感じる」体験なのです。

 

 一方、思考型や感覚型の人は、事実や成果を基準に判断する傾向があります。彼らにとって「似たアイデアが出ること」は自然な流れと受け止めやすく、「誰のものか」よりも「それがどう活かされるか」に目を向けます。この違いは、どちらが正しいかではなく、心のエネルギーの向かう方向の差によって生まれるものです。

 

 ユングは「人は自分の影(シャドウ)と出会うことで全体性に近づく」と言いました。他人の行動に強く反応する時、それは自分の内面にある「まだ統合されていない部分」を映し出していることがあります。まねされた怒りの裏には、「自分の価値をもっと認めてほしい」「自分自身を堂々と表現したい」という健全な欲求が隠れているのです。

 

 もし似た体験でモヤモヤしたときは、まず「私は自分の感性を大切にしている人なんだ」と認めてあげることが大切です。そのうえで、「他人がまねしても、自分の源は誰にも奪えない」と意識を戻す。自分の創造性が内側から湧き出るものであることを思い出すと、他人の模倣に心を乱されにくくなります。

 

心理学者ウィニコットは「真の自己は、模倣ではなく創造によって感じられる」と述べました。まねされた経験が、かえって「自分の創造性とは何か」を再確認させてくれると捉えられたとき、他人の行動に支配されない、自分軸の確立に繋がります。

 

 ユングのタイプ論

 

ユング心理学の「タイプ論」では、人にはそれぞれ世界を理解し、判断するための4つの心理的機能(思考・感情・感覚・直感)があるとされています。
しかし、私たちはそのすべてを同じように使っているわけではありません。ユングは、人には「優勢機能」と、意識されにくい「劣勢機能」があると述べました。この2つのバランスが、私たちの個性を形づくっています。

 

 

 

 優勢機能 ― 自分らしさを支える得意分野

 

「優勢機能」とは、自分が自然に使いこなしている心の働きです。たとえば、論理的に考えることが得意な人は「思考型」、人の気持ちを感じ取るのが上手な人は「感情型」といえます。
優勢機能は、私たちが安心して世界と関わるための“メインツール”のようなものです。無意識に使いこなしているため、本人はそれが自分の強みだと気づいていないことも多いです。

ユングは、優勢機能を意識的に活用することが「自分らしく生きる」ことにつながると考えました。自分が何を大切にし、どのように物事をとらえる傾向があるのかを知ることで、自然体のまま力を発揮できるようになるのです。

 

 

 

 

 劣勢機能 ― 無意識の奥に眠るもう一つの自分

 

「劣勢機能」は、意識の届きにくい、苦手分野のような心の働きです。優勢機能とは正反対の性質をもち、日常生活ではあまり表に出てきません。
たとえば、思考型の人は感情面を後回しにしがちで、感情型の人は論理的な判断を避ける傾向があります。感覚型の人は現実的なことには強い反面、直感的な発想を苦手とし、直感型の人は未来のビジョンに意識が向きすぎて、今ここをおろそかにしてしまうことがあります。

興味深いのは、ユングが「人生の後半は、劣勢機能との統合の道である」と述べた点です。
若い頃は優勢機能を磨いて社会に適応しますが、年齢を重ねるにつれて、意識の下に押し込めていた劣勢機能が表に出てきます。

それまでのやり方では通用しなくなってきたときに、この劣勢機能に向き合うことで内面の成長につながります。

 

 

 

 

 成長とは、劣勢機能を敵にしないこと

 

自分の苦手な面を否定したり、他人に投影したりすると、心のバランスが崩れます。たとえば、「自分は感情的な人が苦手」と感じるとき、その中には自分が避けてきた劣勢機能の側面が隠れていることがあります。
心理学者マリー=ルイーズ・フォン・フランツは「劣勢機能は、人格の扉を開く鍵である」と述べています。苦手な部分を少しずつ受け入れていくことで、柔軟さや深みが生まれ、他者への理解も広がっていきます。

 

 

 

 自分の内なる4つの力を調和させる

 

ユングのタイプ論は、「自分を分類するため」ではなく、「自分の全体性を知るため」の理論です。
優勢機能を生かしながら、劣勢機能に耳を傾けることが大切です。このバランスが取れるとき、人はより統合された自己へと成長していきます。

自分の得意な心の使い方だけでなく、避けがちな一面にも目を向けることで、自己理解を深め、より穏やかに他者と関われるようになれます。

 

 心のエネルギーの向かう方向

 

 心理学者カール・G・ユングは人の心のエネルギーが向かう方向によって性格を大きく二つに分けました。それが「外向(Extraversion)」と「内向(Introversion)」です。これは単なる社交的・内気といった表面的な性質ではなく、ものの感じ方や世界との関わり方の“根本的な方向性”を示しています。

 

 「人といると元気になる人」と「ひとりで過ごすと落ち着く人」、「外に出た方が気分転換になる人」、逆に「外に出ると疲れ切ってしまう人」など、人それぞれエネルギーが向いている方向が違います。

 

 

 

 

 

 

 外向型   世界に向かうエネルギー

 

外向型の人は、関心やエネルギーが外の世界へ向かいます。人や出来事、環境とのやりとりを通して活力を得るタイプです。
新しい人と出会うことに刺激を感じ、会話や行動の中で自分を確認します。計画よりも現実的な行動を重視し、変化に柔軟に対応できるのも特徴です。

しかし、ユングは「外向型は外界に価値を置くあまり、内面の声を見失うことがある」とも指摘しました。周囲の期待や評価に敏感であるがゆえに、自分の本当の気持ちを後回しにしてしまうことがあるのです。

 

 

 

 

 内向型  内なる世界に向かうエネルギー

 

内向型の人は、関心やエネルギーが自分の内面に向かいます。思考や感情、内的イメージの世界を通して現実を理解しようとします。ひとりの時間に安らぎを感じ、静かに熟考することで自分を整理します。

ユングは「内向型は外の現実よりも内なる価値を重視する」と述べています。自分の中に基準があるため、他人に流されにくく、深い洞察や独創的な発想を生み出す力を持ちます。一方で、エネルギーを外に出すのが苦手なため、誤解されやすいこともあります。

 

 

 

 バランスが鍵

 

ユングは、外向・内向のどちらが優れているということはないと強調しました。人は誰でも両方の性質を持っており、状況や成長段階によってそのバランスは異なります。

 

外向的な人が自分の内面を見つめる時間を持つと、行動がより意味のあるものになります。逆に、内向的な人が外の世界に少し心を開くと、新しい発見や人とのつながりが自己理解を深めてくれます。

 

 

 自分のエネルギーの方向を知ること

 

自分がどちらの傾向にあるかを知ることは、心のコンディションを整えるうえでとても大切です。外向型の人は、行動することでエネルギーが満たされ、内向型の人は静かな時間によって回復します。無理に「相手のタイプ」に合わせようとするよりも、自分の心のリズムを尊重することで、自然体で生きることができるようになります。

 

ユングは「私たちは、他人になろうとするときに最も疲弊する。自分自身であろうとするとき、最も充実している。」と述べています。

 

 

 

 自分の「感じ方のくせ」を知る ― ユングの4つのタイプから学ぶ自己理解

 

 心理学者カール・G・ユングは、そうした違いを「心理的タイプ」という理論を提唱しています。彼によると、人の心の働き方には4つの基本的な「機能」があり、それぞれが世界の見方を形づくっています。

 

ユングが示した4つのタイプとは、「思考」「感情」「感覚」「直感」です。これは性格というよりも、私たちが物事を理解し、判断する際の“心のレンズ”のようなものです。

 

 

**思考タイプ(Thinking)**の人は、物事を論理的に整理し、正確さや一貫性を大切にします。「なぜそうなるのか」を考え、客観的な基準を重視する傾向があります。仕事では分析力を発揮しますが、ときに感情表現が控えめに見られることもあります。

 

**感情タイプ(Feeling)**の人は、心のつながりや人間関係の調和を重視します。「それは人にとってどう感じられるか」を大切にし、温かい関係を築くことに力を注ぎます。人の気持ちを察しやすい反面、他者の評価に左右されやすい一面もあります。

 

**感覚タイプ(Sensation)**の人は、五感を通して現実をとらえるタイプです。実際に見て、聞いて、触れて得た情報をもとに判断します。現実的で実務に強い反面、抽象的な話や未来の可能性だけではピンとこないこともあります。

 

**直感タイプ(Intuition)**の人は、全体の流れや可能性を感覚的に読み取るタイプです。「これには意味がある気がする」「この先こうなりそうだ」といったひらめきで行動する傾向があります。発想力に富みますが、細部を詰めるのが苦手なこともあります。

 

 

ユングは、誰もがこの4つの機能を持っているが、その中のひとつが特に優勢に働くと述べました。人によって、得意な機能(優勢機能)と苦手な機能(劣勢機能)が異なり、それが「個性」を形づくります。自分のタイプを知ることは、自己理解の第一歩であり、他者との違いを受け入れる助けにもなります。

 

たとえば、感覚型の人が「今ここ」に集中して生きている一方で、直感型の人は「まだ見ぬ未来」にワクワクしている。同じ出来事でも、まったく違う世界を見ているのです。こうした違いを知ると、「なぜわかり合えないのか」という衝突の裏にも、それぞれの心の仕組みがあることが見えてきます。

 

ユングはこの違いを「どちらが正しいかではなく、どちらも真実の一部」と考えました。こうした傾向を知ることで、自分への理解につながり、また同時に相手の視点を知ることができます。

 

 

 

 自己理解を深めようとするとき、私たちは他人の経験やアドバイスを参考にしようとします。しかし、どんなに立派な意見でも、自分とはタイプの違う人の話はあまり響かないことがあります。これは単なる「好み」ではないと思っています。

 

 心理学者カール・ロジャーズは、人が成長するためには「共感的理解(empathic understanding)」が必要だと述べています。自分の内面を安全に見つめるには、「自分と似た感覚で世界を見ている誰か」との共鳴が不可欠なのです。逆に、自分の感じ方や価値観があまりに異なる人の体験談を聞いても、それは頭で理解できても、心で納得することが難しいのです。

 

 また、ユング心理学では、人にはそれぞれ異なる「タイプ(心理的機能)」があるとされています。たとえば、直感型の人は感情よりもひらめきや意味の流れを重視し、感情型の人は人間関係の調和や気持ちのつながりを大切にします。このように心理的な構造が異なると、同じテーマを語っていても受け取り方がまるで違います。「何が癒しになるか」「何が理解につながるか」はタイプによって異なるのです。

 

 そのため、自分の内面を深く見つめたいときには、似たタイプの人の経験や言葉に触れることが最も有効です。心理学者ドナルド・ウィニコットは「真の自己(true self)」という概念を提唱しました。これは、他者の期待や理想ではなく、自分の感覚に根ざした本来のあり方です。内観の過程では、この「真の自己」とのつながりを取り戻すことが目的ですが、そのためには「自分の内的リズム」に合う他者の声が必要になります。

 

 

 同じような気質や経験を持つ人の話には、ただ共感する以上の力があります。「自分だけじゃなかった」と安心できることで、心の緊張が少しずつほぐれ、孤独や不安が和らぎます。「なぜ自分だけが」という心理状態の時はものすごく孤立や孤独を感じます。そこから「自分だけではなかった」と解放されたとき、前を向く力や、自分を受け入れる余裕が生まれます。

 

 その人がどのように悩みや苦しみを受け止め、少しずつ乗り越えていったかという過程は、自分自身の歩みを考えるうえで大きな参考になります。他者の体験を知ることは、単なる情報ではなく、自分の心を見つめ直すヒントとなり、回復や成長の道しるべにもなります。

 

 自己理解は、心理学のあらゆる理論の基盤にあります。カール・ロジャーズは「他者を理解するためには、まず自分を理解しようとする姿勢が必要である」と述べています。自分の中にある感情や思考のパターンを丁寧に見つめることは、単なる自己分析ではなく、他者への理解や共感を深める第一歩です。

 

 私たちは多くの場合、自分の反応や感情の背景を知らずに行動しています。「なぜこんなに焦るのか」「なぜ他人の目が気になるのか」といった問いを立ち止まって考えることが、自己理解の入り口です。

 

 心理学者ユングは、人の無意識には“影”(シャドー)と呼ばれる抑圧された側面があり、それを認識することで人はより統合された自己へと成長すると説きました。自分の“影”を受け入れることは、自分の弱さを知り、他者の弱さにも寛容になれるプロセスでもあります。

 

 また、アリス・ミラーは「幼少期に抑圧された感情を見つめることが、他者への真の共感を育てる」と指摘しています。過去の痛みを否定せず受け止めることで、他人の行動や感情を表面的に判断せず、その背後にある心の動きを感じ取ることができるようになります。

 

 自己理解とは、結局のところ「自分という他者を理解する」行為です。その探究を続けるほど、他者をも一面的に見なくなり、自然と寛大さが生まれます。心理学的視点から見ると、自己理解と他者理解は別々のものではなく、同じ成長の循環の中にあるのです。

 

 自己理解を深めることで、他者理解も進み、他者をも受け入れることができるようになることで、心理的にも生きやすくなります。

「子どもが感じた痛みを認めるとき、大人は自由になる。」
 

「私たちは、自分を傷つけた親を罰する必要はない。」


「ただ、あのときの子どもの真実を、今こそ理解してあげればいい。」

アリス・ミラー
 
 

 

 『才ある子どものドラマ』あらすじ

 

 幼いころ、親の愛情や承認を得るために、子どもは自然に「親の望む自分」を演じてしまうことがあります。
感受性の高い「才ある子ども」は特に、親の気持ちを敏感に感じ取り、怒りや悲しみを押し殺し、期待に応えようと懸命にふるまいます。

 

 その結果、子どもは「本当の自分の感情」を表に出せなくなり、「愛されるための自分(偽りの自分)」と「ありのままの自分」の間に深い分裂を抱えたまま成長します。


 大人になっても、その“演じる自分”を手放せず、どれだけ成功しても心の空虚さを感じたり、人との関係に疲れたりします。

著者アリス・ミラーは、このような人々の背景に「無意識のうちに感情を抑圧してきた幼少期の経験」があると指摘します。
そして、真の癒しとは、過去の痛みを認め、「今の自分が幼い自分を理解し、受け止めること」だと説きます。

自分の内側にいる“かつての子ども”と向き合うことこそ、他人の期待から解放され、自分自身として生きるための第一歩なのです。

 

 

 

 偽りの自分

 著者が言う「才能ある子」とは、いわゆる知能的に優れた子ども(ギフテッド)ではなく、感受性が高く、他人の気持ちを敏感に感じ取る子どものことを指しています。このような子どもは、相手の望みや期待をすぐに察して、先回りして応えようとします。

 子どもの場合、相手は親や教師、周りの大人たちです。子どもにとって特に親は絶対的な存在であり、親に見放されることは「生きること」そのものに関わる問題なので、相手の要求を察して先回りすることが命取りなのです。
親の期待に応えることが、無意識のうちに自分を守る方法になっていくのです。

 

 日本のように「空気を読む」ことが重んじられる文化では、この傾向を持つ人が少なくありません。外から見れば、優しくて気が利く良い人に見えるかもしれませんが、本人の心の中では、何をしても満たされない虚しさを抱えていることがあります。

 

 その理由を、ミラーは「本当の自分として生きていないから」と指摘します。どれほど成功しても、評価されても、内側から満たされない感覚が続くのです。

 

 しかし、過去の自分が感じてきた悲しみや怒りに少しずつ向き合い、受け止めていくことで、本当の自分とつながることができます。本当の自分と繋がることで、他人の期待ではなく、自分の心の声に従って生きるという力を取り戻していけます。

 

 

 

 

 

 幼少期に許されなかったこと

 

 子どもがぐずぐずしたり、やるべきことを後回しにしたりする姿に、強い苛立ちを感じることがありました。

友人と話していた時に、彼女は子供が整理整頓をしないことへの嫌悪感があったのですが、私にはそれがないことに気づき、自分の苛立ちポイントについて考えました。

 

 こうした感情の背景には、実は自分の中の“過去の体験”が関係していることが心理学から知ることができました。
自分が子どもの頃に「甘えてはいけない」「弱音を吐いてはいけない」と感じていた人ほど、目の前で自由に甘えたり、ぐずぐずしたりする姿を見ると、心が反応します。それは、かつての自分が「許されなかった部分」に触れているからです。

 

 心理学者のアリス・ミラーは、自分が我慢してきた分、他人の自由さや甘えを受け入れにくくなる構造を指摘しました。
また、ウィニコットは、人は幼少期に“ありのまま”を受け止められなかった経験があると、他人の未熟さや甘えに強く反応してしまうと述べています。
 

 つまり、他人への苛立ちの多くは、自分の中でまだ受け入れられていない感情を映し出している可能性があります。

怒りの裏側には、悲しみや寂しさ、そして「本当は自分も甘えたかった」という思いが隠れていることがあります。
その感情に気づくことができれば、その時の自分を今の自分が分かってあげることができます。思い切り当時の自分の感情によりそってあげて下さい。

 

 心の反応は反射的に自動で出てしまうので、すぐには変わらないかもしれませんが、意識上には上がっているので、「ああ、これは当時我慢してた自分が出てきているんだな」と思えると少し冷静になることができます。

 

 感情に振り回されている状態では相手も自分も傷つけてしまいます。だからといって心の反応を無視して押し殺しては過去の自分がいつまでたっても昇華されません。心の反応は過去の自分からのヘルプのサインなのです。そこに向き合ってあげれるのは今の自分しかいないのです。そこから目を背けてしまうと、ずっとその苦しんでる過去の自分が心に居続けてしまいます。

 

 心を楽にするには、過去の苦しかった自分を今の自分が認めて受け止め、励ましていくことです。

過去を切り捨てては誰も生きていけません。なぜなら、今の自分は過去から出来上がっているからです。