wowowをつけたらしんちゃんの映画が終わるところで、それをなんとなく見ていたら、涙が出てきた。
みんな幸せそうで、楽しそうで、涙が出てきた。
気づいたら、
わたしもこんな友達がほしかった。そう言っていた。
わたしが心から望んでいたもの。無いからこそ、望んでいるものだ。
There is always a way. There is alway a reason.
God has a plan for you. the universe is a bigger plan for you.
10代でわたしの人生を大きく狂わせた暗黒のトラウマの日々。
失ったもの。一生背負って生きる苦しみや悲しみや混乱やそういうネガティブで破壊的でどこまでも孤独な暗いもの。
一生それらと一緒に生きていかねばならなくなった。その事実。
それと対照的な理想。
本当はこう生きたかったという理想。夢。
当たり前になるはずだったことたち。
当たり前にあるはずだった当たり前の幸せ、友人たち、幼馴染、心地よさ、自分らしさ、認めてくれる人たち。
当たり前になるはずだった学び、学校やキャリア、仕事、趣味、パートナーや家族をもつ喜び、人生設計。
全てが崩れ去り、助ける人も理解する人も参考にできる人や心と拠り所となるいかなるものや人や状況や環境もない苦しみ。
誰も理解できない特異的な過去やその状況。
自分で向き合っても向き合っても、正解も不正解も、どこへ行きたいかも、向かっているかも、心地いいのか心地悪いのかも、何も感じない、わからない恐怖や孤独。
たくさんの情報やたくさんの無責任なアドバイス。
激しい感情。両極端な思考や感情や信念が同居する深い精神的な混乱。
自分の落ち着く場所やホームとなる物理的・精神的場所を探し続けてきた今までの自分。
自分の中に見出そうともがいているこの数年間と、また全てが崩れ去って元に戻ってしまった今の現実。
わたしがしんちゃんたちみたいになったかもしれない子たちは誰だろう?のぞんだひとたちは誰だろう?
仲良しの5人組。転校してきて仲良しになった子。自分への思いをなんとなく感じていた子。同級生たち。
大好きだったみんな。今、幸せに暮らしているだろうか。
みんな同じ年だw。当たり前だけどw。
その中に、わたしと同じくらい、精神的に、スピリチュアル的に、高次元へ成長し、グローバルなマインドになり、アサーティブでオーセンティックで、健康的なバウンダリーを持ち、喜びや幸せや楽観的な気持ちで、自分の大好きな人生を生きている、自己受容と自己愛、自己尊重に満たされ、溢れ、歩くパワースポットみたいな人が、いるだろうか?
いるなら、そして、それがわたしの望みで、わたしの最高最善の幸せと喜びと豊かさへ通じるなら、自然に会えるだろう。
特に仲良くしていた子たち。
彼女たちなら、わたしの幼い頃をよく知っているはずだ。
わたしも彼女たちのことをほとんど覚えていないような感じがする。
でも、もし何かのきっかけで、会って、もし波長が会って、何かのご縁が会って、
また幼い頃のように仲良く話したり、出かけたり、遊んだりする機会があれば、
一緒にいるうちに、ふと、降りてくるというか、思い出すだろう。
お互いの本来の姿を。そして、今の私たちが必要としていた言葉や記憶、本来の自分自身を思い出すことができるだろう。
それをしたい。
等しい関係。
思い合う、支え合う、与えある。それが等しい、もしくはわたしが与えられる量が多い関係。
お互いに自分が与えられている量の方が多い、そんなふうに感じている、素敵な関係。
それで、それが相手も普通で、わたしも普通で、心地よい、そんな良い関係。
健康的で、バウンダリーがあり、お互いを尊重し、でも誰よりもなんでも話せる、wellness な関係。
自分をもっと知りたい。本来の自分を思い出したい。知りたい。感じたい。
そして、今の突破口にしたい。
そっか。それがわたしのきもちかな。
わたしは、わたしの本当の気持ちを感じたい。
書いていたら、よくわからなかったぐちゃぐちゃが、少し落ち着いてきたみたい。
春樹さんじゃないけど、わたしも、こうやってとりあえず書き出し始めてみないと、自分のことが全くよくわからない。(笑)。
わたしの心の整理のためのこの文章を読んでくださった方がいたら、本当にありがとう。そして、申し訳ない、恐縮です(笑)。
でももし、このリアルなわたしの日々のシェアを通じて、何かをあなたが自分自身で感じて、
それをあなた自身が自分と向き合ったり理解するきっかけになったり、何か皆さんの心が幸せになるために少しでもなったなら、わたしはそれ以上嬉しいことはありません。
それが、わたしの幸せ。
love yourself first.
have a great day. love you♡


