性暴力や虐待被害者のコミュニティに入ったことで、今まで自分がイカれていておかしいんだと言われ続け、自分でもそう思ってきたことが、実はそうではないんだと感じることがいくつかあった。

 

 

例えば、ふとした時に、突然感情が洪水のように溢れ出すこと。悲しみ、怒り、きっかけは特別無いし、よくわからない。でも、突然涙が出て来て、感情が溢れて来る。時には「あの時こういう気持ちだった」と初めて感じる時もあるし、忘れていた記憶が蘇ることもある。何にもわからなけれど、ただ涙や溢れる感情が抑えきれなくて、嗚咽になったり、叫び出してしまう時もあった。

 

今までは、そんな私にたまたま遭遇してしまった人たちは全員、だいたい私を軽蔑するか、無視するか、責めるか、何かしら悪いジャッジをして離れていった。

 

 

 

 

 

でも、コミュニティに入って、それは私だけでは無いことがわかった。

同じく辛い、誰にも理解されないほどのトラウマを抱えた人たちに、共通していた。それを、30年以上生きてきて、最近初めて知って、私はとても救われた気持ちになれた。

 

 

 

 

でも思い返せば、私のその一つの症状は、私が今現在の自分にとって最大の課題だと感じているあるトラウマを背負う時代以前にもあった。

中学3年生、まだ外泊したことも、街へ出たことも一度も無い純粋で多感な受験生の頃。

あの頃はまだ影は忍び寄ってなかった。

 

 

 

 

そんなふうに自分の過去を思い返すと、やはり両親や育った環境も、私にとって負担になっていたんだなぁと、改めて思う。

 

幼い頃から、本当の自分、本当の感情、気持ち、思考、自分の全てに対して、その時もう既に、蓋をしていたんだ。そう思った。

 

誰も愛してくれない。私は自分で居てはいけない。

それは馬鹿なことだ。

親や人の機嫌をとって、やってほしいことをやって、言って、考えてあげることだけが大切なんだ。そんなふうにはっきりと言葉にならない幼い頃から、そうして生きて来たんだ、そう思った。

 

 

 

 

 

今、ただ、そんな自分に気づけるようになって、本当によかったと思う。

当時の幼い自分、多感な自分、闇の時代の自分を、インナーチャイルドとして心に思い浮かべ、抱きしめてあげようと思う。

脅威となる人物たちは、そのあともずっと私の心に居座り、長いこと私は、自分で自分に暴力を振るい続けて来たんだ。そう思う。

そして、それに気づけた今、やっと癒しの過程に居る。

 

 

私はそれを日々実感している。

本当の輝く自分、ワクワクする自分が戻って来ているのを感じる。

 

それは、東日本大震災があった頃の私のような、ただハッピーハッピー言い続ける上部だけのものじゃない。

 

喜びも、悲しみも、好きな自分も、嫌いな自分も、できるところも、できないところも、みんなと同じところも、全く違くて理解されないところも、光と影、全部で自分だし、全部で健康だから。

オーセンティックな、ありのままの自分でいる、それが心地いい。

そんなふうに思えるようになった。

 

これからもmy self love journey。続けていこう。