確か、私の大好きな Louise Hayさんの本たちの中で、

"You Can Heal Your Life" を読んだ時だと思うんだけれど。

 

 

 

 

その中で、

"Overcoming Your Fear" (恐れに打ち勝つ)ワーク

 

 

というのがあって、

当時それをノートにまとめて実践していたのですが、

今夜はたまたま見つけて、なんとなく久しぶりに読み返していました。

 

 

 

 

「恐れや不安を、自分の弱さだと思っている人はまだまだたくさんいるんだなぁ。」

 

 

と、今日正に実感したところだった(後半で書いています)のと、

 

 

自分へのリマインダーとして、また、

すぐに忘れてしまう自分のためのデジタルな備忘録として、

そのノートの部分をそのまま写しておきます。

 

 

 

 

今読み返すと、一部、若干意味不明だけれど、、

まあいいやw。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Overcoming Your Fear   恐れに打ち勝つ。        

 

「恐れ」は、

私の身体が自分を守ろうとする、ただの防衛の仕組みだ。

危険から私を、本能的に守ろうとしているのだ。

 

 

 

✴︎Mirror work: You talk to your fear...

 

  I know you want protect me. 

  I appreciate that you want to help me. 

  And I thank you. 

 

 

恐れをみつめ、感じ、受け入れる。本能にありがとう。

恐れの想像は、私の体が作った映画のようなもの。

手放していい。

 

 

恐れを感じている時、私は自分を愛しきれていない。

それを思い出せる。信頼しきれていない。

愛をもって、恐れを受け入れれば、打ち勝っている。

 

"I am not enough. 自分が十分ではない" 

という考えは解き放とう。

 

私の中の力を、愛を、感じて鏡をみよう。

 

 

 

✴︎Let's affirm: 

 

All is well. Everything is working out for my highest good. I am safe. Love is my strength. Only love is real. 

 

 

アファメーションを始めよう:愛だけが本物

全てはうまくいっている。全ては私にとって最高の状態に働いている。私は安全である。愛は私の強さ、力だ。

 

 

 

✴︎The Power is Within You: Journaling Exercise 

 

1. 家族、健康、キャリア、人間関係、財政 の各項目について、Greatest Fears を書く。

 

2. リスト1つごとに1個以上の Positeve Affirm をかく。

 

 ex. 病気になり自分ケアが出来なくなるのが怖い 

           ↓

   私が必要な助けはいつも全て引き寄せている。 

 

 

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こうして改めて過去の自分の言葉を辿っていくと、

 

我ながら、

今の自分も多少は成長しているんだなぁって感じて、

 

ちょっとほっとする。笑

 

 

 

 

 

 


具体的に違和感があるのは、ミラーワークの所。

 

恐れを感じている時、私は自分を愛しきれていない。

それを思い出せる。信頼しきれていない。

愛をもって、恐れを受け入れれば、打ち勝っている。

 

 

ここ。今の自分には全くよくわからない。笑

これ自分をネガなジャッジして戦ってるよね。自分のネガティブな感情と戦う必要はないよって、今なら言ってあげる。笑

 

 

 

 

 

でもきっと、それを書いた時の私は、

なにかしら具体的な恐れの体験があって、そして

 

恐れとは自分自身の感情である」

 

と、当たり前に思っていたんだと思う。

 

 

 

 

 

今の私とは、

ちょっと価値観や、考え方や感じ方が違っているなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の日中のこと。

 

「恐れを感じて、

人に言いたいことも言えない弱い自分が嫌だ。変わりたい」

 

と言っていた人がいたけれど、

その人の恐れに対する考え方、捉え方と価値観が似ているかもしれない。

 

 

 

 

 

その時、今日私が伝えた言葉を思い出すと、

だいたいこんな感じ。

 

 

 

 

その思考・恐れなどの感情・行動のパターンは、あなたは一見、自分が弱いんだと思っているかもしてないけれど、

 

 

実はその恐れの感情は、

あなたの脳や身体が今までのあなたの経験から学び、

あなたが誰かに傷つけられたり危機に遭わないように、

あなたを守るため、生き延びるためだと思って、

良かれと思って、繰り返し送っている、

信号のようなものだと思います。

 

 

恐れや嫉妬は、他の動物と同じ野生的な本能で、私たちの人格や本質とは関係が無いと読んだことがあります。

 

自然やジャングルの中でも、生き残り、自分の食糧を確保し守ろうとする行為だそうです。

 

 

 

自分自身に対して、

「お前は弱い」

「お前はダメだ」

「お前は不十分だ」

「お前なんか嫌いだ」

そんなふうにいじめないであげてください。

 

あなたが自分の1番大好きな人、大切な人にしてあげているのと同じように、自分にも接してあげてください。

 

 

 

 

 

 

そう。

脳や身体の仕組みを

ある程度学んだ、今ならわかる。

 

上手な説明はまだまだできてないかもしれないけれど、

わかる。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

恐れや嫉妬の感情は、私たち自身じゃない。

 

それは、私たちが野生の時代から備わっている、

生き延びるための古い仕組みなのだ。

 

 

 

新しいことをしようとすると、

必ず脳が、恐れや不安の信号を送ってくる。

 

「今の方が安全だよ。安心するし、生き延びられるよ」

脳はもともと新しいことが嫌いだから。

脳のコンフォートゾーンと、広げる方法についてはこちらのArisaさんのブログがおすすめ♡

 

 

 

 

 

ただ、

近年の研究で脳は老化しないことがわかっているので、

 

その長い間太く根付いた思考や感情のパターンを、

努力次第で、いつでも新しく書き換えることができる。

 

アファメーションや、瞑想や、自分次第で少しづつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その仕組みを理解すると、

次から恐れや不安、嫉妬を感じた時、

 

少しずつ、変わってきます。

 

 

 

 

 

 

気づいて、立ち止まれるようになる。

 

この思考や感情のパターンは、私自身じゃない。

私の身体が、私を守ろうとしているだけ。

 

 

 

 

 

 

そして、

そんな自分を守ろうとしてくれている自分の身体に

 

「守ろうとしてくれてありがとう。でももう大丈夫だよ」

 

そんな風に言ってあげてほしいと思います。

 

 

 

 

私たちはすぐに変わろうと期待するけれど、

 

Be patient.  忍耐をもって。

 

気長に続けていきます。

大切な自分の人生のために💓

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中に目覚めて、眠れずに、

 

夏の夜のプレイリストを流して、

山木屋の夏を思い出していました。

 

カエルの合唱や、虫たちの演奏や、

山と草の匂いや、

本当に真っ暗で、

恐れやあらゆる可能性を含んだような、

夜の真の闇のこと。

 

その時の心地よさと、安心感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、

 

そんなふうにただ暗闇でぼーっとしていたら、

 

ふと思い立って、

 

書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

self love を知って欲しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私をレイプした人たち。

 

手足をずっと押さえていた人たち。

 

自分の番が来るまで立って見下ろしていた人たち。

 

こいつ、今日生理だぜ、ラッキーと言った人。

 

参加せず、止めもせず、ただ傍観していた人たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が学校に行くのを許さず、

 

自分が面倒だからと、

私を代わりにバイトに行かせていた人たち。

 

下着を取り替えることも、

 

歯を磨くことも、

 

お風呂に入ることも許してくれなかった人たち。

 

そんな他人の家で、毎日床で眠った日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外面は良く、表面だけ仲良し親子のふりをして、

 

小さい頃から殴って、貶して、虐待してきた人。

 

そしてそれに依存し、傍観し、

 

決して守ってくれなかった人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼稚園、小学校ととても楽しい日々だったのに、

 

ある日突然いじめてきた人たち。

 

掃除中バケツの水を蹴飛ばされたこと。

 

廊下に沢山の汚い水が広がり、

 

訳がわからなくて、でもただ悲しくて、

 

1人でその水を雑巾でふいていたこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、

誰にもわからない、

誰にも見せてあげられない、

私だけの、辛く悲しい記憶達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でも続くフラッシュバックや、

突然の感情の爆発や、

根強く残る思い癖、

同じ思考や感情のパターン。

それと向き合う日々。人生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、いつも、おもう。

 

 

 

もし、彼らが、

 

もっと自分を愛していたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし彼らが、

 

なぜ自分はそんなに人を傷つけるのか、

 

自分は本当は何を望んでいたのか。

 

 

大元になった悲しみの記憶と、

その時、本当はどんな気持ちだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に、意識を自分に向けていたら。

 

 

 

 

 

 

人を傷つけることで、

自分自身をも傷つけ続けているということに、

気付いていたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし彼らが、

自分と向き合い、

 

本当の自分の感情、気持ち、

その原因となった出来事に気づけたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな自分に寄り添い、

ただ、そばにいてあげて、

 

自分を癒す術を、

自分を愛する術を、

 

self-love, self care というものを知っていたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら、

 

彼らはもっと、楽に、幸せに、生きれたかもしれないのに。

 

 

そう思う。

 

 

 

そして、誰も傷つけずに済んだのに。

 

そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を傷つけることで、

彼らが本当の意味で、

自分に何の偽りもなく、

どんどん幸せになっていたのだとしたら、

 

 

 

私は、どれだけ救われただろうか。

 

そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が生まれてから、

今まで出会った、たくさんの人たち。

 

 

 

 

振り返ると、幾つもの顔が思い浮かぶ。

記憶が蘇る。

 

一生の中の、一瞬の、

儚くて、美しい記憶。

 

 

 

 

 

 

愛や幸せをくれた人、

喜びをくれた人、

学びや辛い経験を与えた人。。

 

 

その全ての人が、

その全てのものが、

全ての場所が、

 

 

 

より自分を愛し、

自分を大切にして、

幸せになれるように、

 

 

 

本当に純粋に、

わたしは、ただ、願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私自身も。

 

自分と向き合って、self-loveを、

これからも学んでいく。

 

Love yourself first.  😘

 

 

 

 

 

わたしにはわかる。

わかってしまう。

そう私は思う。

 

 

 

 

彼女は基本的に上から目線だった。

どの彼に対してもそうだった。

 

 

 

「なんで普通の男っていないんだろうね?」

 

 

それがいつもの締めのことばだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも今はわかる。

それは、彼女自身なのだ。

 

 

 

〇〇してくれない。

こうしてやってるのに謝ってくれない。

優しく接してあげてもこうしてくれない。

 

そういう上から目線。

 

 

 

 

 

最後には私に対してもそう言う態度だった。

 

上から目線で、

マウンティングしてきて、

自分が落ち着いていて、理性的で、

そういう人間なんだ、と場所を固めたがる。

 

 

そして、自分はここが悪かったと、

最初にしっかり弁明して身を守っておいてから、

相手を責めにかかる。

 

 

 

ほら、私が大人。

私の方が、正しい。

私の方が、優れている。

 

そう訴えずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは彼女自身が、

 

本当は自分は理性的でもないし、

大人でもないし、

立派でもないし、

優れてもいないし、

 

弱くて、

感情的で、

自分勝手で、

 

子供で、

残念な人間で、

馬鹿な愚か者で、

いつも間違っていると、

 

 

 

 

その奥で思っていて、

 

 

いつも自分をそんな風にいじめていて、

 

 

全く自分に自信がないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、

 

マウンティングしたり、

自分を良く見せようとせずにはいられない。

 

人を傷つけずにはいられない。

 

 

 

ありのままではいられない。

 

 

 

なぜなら、本当は自分に自信がないから。

自分は不十分だといつも思っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父や私が被害にあった虐待者、性暴力者と一緒だ。

 

 

周りの人にマウンティングし、偉そうな態度を取り、

時には暴力を振るい、なぐり、けなし、貶めることで、

 

 

自分が強いと、正しいと、

 

 

一瞬で消える偽りの自信を感じようとしている。

 

 

 

 

 

なぜなら、

本当の自分自身と向き合う勇気も根性も持ち合わせていないから。

そんな弱虫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれは、私には、他人には、助けられない。

何年も、何十年かけて、

 

真に前向きになって欲しい、

自分を好きになって、より愛して、幸せになってほしいと、

いくら私が頑張って説明して、寄り添ったところで、

 

 

 

結局のところは、

自分自身で学び気づいていくしかないのだ。

 

 

 

私はそれを、身をもって経験した。

 

 

 

一生寄り添い人につくし自分を犠牲にする道が幸せか、

 

本人の幸せを願って、同じように自分の幸せも願い、

アサーティブな気持ちで、

再開を願い距離を置く方を選ぶか。

 

それは、人によって違う。

自分の選択だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは、自分自身と向き合うことが大切だ。

それが溢れて伝わり、広がっていくから。

それだけが、自分も周りの人もみんなを幸せにする道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

I am the power. 

I am the power. 

 

聞こえてきた、ルイーズのアファメーションを繰り返す。

 

 

 

 

I am the power.

 

恐れなくて大丈夫。

 

力があるのは私のほうだ。

 

 

 

 

 

 

なぜなら、

私は愛が溢れている。

 

自分を大切にしている。

 

自然や生き物が大好きだ。

 

自分の心地よさや、温かい気持ちや、

 

そういった良い場所からきた気持ちを大切にして、

それを元に行動している。

 

 

 

 

そして、自分がネガティブになった時も、

 

そうなった自分を「だめだ」とジャッジしたり、

感じなかたフリをしたり、

無理やり幸せなフリをしたり、

感情を抑えて蓋をするような真似は、

 

もう決してしないと、誓ったからだ。

 

 

なぜなら、それは自分に暴力をふるうことだから。

 

 

私は自分の全ての感情を愛したい。

 

全ての感情があって、初めて健康だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐れや不安から行動しているあなた達は、

 

一見「つよさ」そのものに見えるかもしれないけれど、

 

 

 

それは偽りだ。

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この私の思索も、

私だけのものだ。

 

ふと、そうおもう。

 

 

 

 

 

 

 

人が本当はどう思っているかなんて、

 

 

 

もし、彼らが

「本当はこう思っているんだ」と教えてくれたとしても、

 

それが真実かどうかなんて、誰にもわからない。

 

 

本人だって、本当の気持ちかどうかなんて、実はわかっていなかったりするのだ。

 

 

人のことはわからない。

 

 

いくら私が思索したところで、

いくら根拠がたくさんあっても、

確かだと思っても。

 

 

例え本人がそれは正しいと言っても、

違うと言っても。

本当のことかどうかは、誰にも永遠にわからない。

 

私はそう思う。

 

 

 

それはただの個人の見解、想像の世界に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を見て、どう感じたか、どう思ったか、

思索する。

それは、私の反射にすぎない。

全て私のプラクティスだ。

 

 

この前久しぶりにみた動画でArisaさんが言っていた、

つよさ、power の自分の定義。

そして、今回のこと。

 

今まで自分が思っていたpowerと、

ふと気付いた、本当のpower。

I am the power.  そう聞こえて、

あ、そうじゃん!

I am the power. だ♡。 そんな気づき。

 

少しだけど、また成長して世界が広がった気がしました💓

自分に気づく練習、

ヨガや瞑想も、とてもおすすめです☺️

 

 

読んでくださってありがとう。

どうか、そんな優しい愛に溢れたあなたも、

今日がとても素敵な一日になりますように❤️✨

 

 

 

 

彼女の言動で何が1番哀しいって、

私にマウンティングするような態度を初めて取ったこと。

 

 

 

 

今までは、長年の特別な親密さと同時に、お互いを尊敬する上での配慮や思いやりあって、私はそれがとても好きだった。

 

 

 

 

 

独身の頃彼女は、

日々理想の結婚に向けて努力をしていて、よく次々と変わる当時の彼の愚痴を私は永遠と聞かされたものだ。

 

当時の彼について語る時、

彼女はだいたいにおいて上から目線だった。

 

私はそれが面白くて好きだった。

 

 

 

 

 

「あの態度がムカついて気に食わない」とか、

「優しく言ってやってんのに謝ってこない」とか、

「こう言いたいけど嫌われたくないからこう言ったら良いかな」とか、

 

全く計算高くて、呆れるのを通り越して尊敬したものだ。

 

 

それはそれでとても楽しい話だったけれど、その理由は、

 

自分以外の人の話だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に高校時代から、

途中連絡が途切れたりしながらも20年以上友達でいて、

 

当時は言えなかった「私たちは親友だ」という言葉も、

流石に最近は普通に言えるようになった。

 

 

 

 

だから、余計にとても悲しかった。

 

 

 

 

私が平常心じゃない時、

それでも1番話せるのは彼女だった。

 

 

 

彼女は私を決してジャッジしない。

いつも味方だし、わかってくれた。

 

 

 

そして私も同じように彼女に接した。

 

彼女が普通に考えて

とてもまともじゃない意見を言ったりした時も、

私は自分だけ冷静になって、

 

「は?何言ってるの?」とか

「冷静じゃないね」とか

 

そんなふうに責めているとも捉えかねないような言葉は、

いくら酔っ払っていたって言わなかった。

 

 

 

 

なぜなら、

彼女は私の大切な友人だと思っていたからにほかならない。

 

 

それに、家庭内暴力や、性暴力や、

虐待の被害を受けてきた身として、

脅迫性障害や完璧主義的な傾向がある身として、

 

圧力や良くないエネルギーを少しでも感じる言葉や言い方

 

にはとても敏感になってしまったし、

その分自分も大切な人を傷つけないような配慮を精一杯心がけるようになっていたからだ。

 

 

 

 

 

upsetして、平常心を失い、殴られて暴言を吐かれて、怯え、混乱し、気が昂り、声に出して叫ぶこともできず、一晩眠れずに泣きづつけて朝を迎えることになる私に、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、あなたのお父さんはあなたを殴ったんだと思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?なんで?

何か彼女はいつもと違うな。

 

全く意味がわからない。

今まで何度酷い目にあって、どれだけ色々な事を考え、苦しんできたと思っているのだろう?

そしてそれを聞いて、何になるのだろう?

私に原因があると言いたいのか?

なぜ、そんな酷いことをした人のことを考える必要があるのだろう。

 

 

わからないことばかりだ。。。

 

 

 

私の乱れた心は落ち着くどころか、

さらに乱れ、ヒートアップし、爆発した。

 

 

 

酷い。

今何でそんなこと聞くの?

そんなこと知らないよ!

何で殴るかなんてわからない。

私が馬鹿で気狂いだからじゃないの?

 

 

そんな感じで。

 

 

 

 

 

当たり前じゃないか。と私は思った。

こういう時は、ただ話を聞いてあげるものだ、と。

 

いつもそうし合って来たじゃないか。

 

誰だって冷静じゃない時はある。辛い時がある。

そういう時は、

興奮している心に寄り添い、落ち着くように、そばにいてあげるものだ。

 

 

 

少なくとも、荒立てるのではなく(笑。

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私のその言葉は心外だとメッセージが届いた。

また私は、訳がわからなかった。

 

ん?

私のされたこと、その時の冷静じゃない心の状態、感情、わかってるよね。。

彼女は私の話を聞いてたのだろうか。

そう思った。

 

 

 

 

 

 

正常の状態でまともに話をしたわけでもないのに、

 

まともに正論のクレームを受けて、

かなり面食らった。

 

私は改めて、その時の説明をした。

でもやはり、彼女の態度は変わらず、

 

 

私は余計に混乱するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だんだん腹が立ってきた。

 

混乱して、苦しくて、辛くて悲しくて、

助けて欲しくて、話を聞いて欲しくて、寄り添って欲しくて、

1番わかってくれる人に連絡をとったはずなのに、

 

 

 

 

なんで私が彼女の機嫌を取ろうとしているのだろう?(笑

 

 

 

 

控えめに言って、私は今それどころじゃないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、だんだん馬鹿らしくなってきた。

 

なんか、気持ちが良くない。何かがいつもと違う。

うまく言えないけれど、相手の間や、言葉や、態度が嫌な感じがした。

 

 

 

これは長い付き合いからの直感的憶測に過ぎないわけだけれど、

一時的に感情的になった時の私の上にマウンティングして、

自分は冷静で正しいんだ、

ってアピールしてるように感じた。

 

私だって辛いこと色々あるけど、何も話してないよ。

普通大人はこうでしょう。

ほら、あんたはおかしい。私が正しい。

 

そう聞こえた気がした。

 

 

 

 

とても残念な気持ちがした。

20年の友情も、これっぽっちのものかと。

 

ただ寄り添って話を聞いて欲しかっただけなのに、

心配や思いやりで寄り添うのではなく、

逆に問題を増やして突き返すような目に遭うとは、

夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

自分のために、決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん。距離をおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返信の通知が来るたび、

また良くないメッセージだとわかっているから、

 

気が重く、うんざりしてくる。

 

読むたびに、刺さるような言葉やジャッジで、

付き合いが長いから言い方や表情まで浮かんできて、

 

自分がちっぽけに思えてきて、余計に悲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなの、私のためにならない。

 

全く、ならない。

 

私はジャッジされたり、

今の自分はダメだとか、

不十分だとか言われたいわけじゃない。

 

 

 

 

そんなの、今までの関係と全く違うじゃないか。

こんなのちがう。何かが違う。

 

なぜ突然こうなったのか、

私には良くわからないけれど。

でも、こんな関係healthyじゃない。親友じゃない。

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わるいけれど、しばらく連絡をたつね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の最後のその言葉も、

私が普通じゃなくておかしいからだと

あなたはジャッジしたけれど。

私はそんな人間じゃない。

 

 

 

どこですれ違っていたんだろう?

 

 

とても残念だよ。

 

 

でも、自分のために、決断した。

 

 

 

 

 

大切な親友だからこそ、

愛を持って距離を置くこと。

 

それだけは、わかってくれていることを願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

別れがあれば、出会いがあるから。

 

 

 

ドアが閉まるときは、

次の新しい何かが始まるということだから。

 

だから、大丈夫。

 

 

 

 

 

そしていつかまた、波長が会った時、きっと繋がれるから。


 

 

 

 

love yourself first. Trust yourself first. 

With a lot of love...

It's my self-love journey.