老いた母が入院していて、毎日病院へいっている。
そんな母を見ながら、わたしも老いたらこうなるのかぁと思っている。

老いは必ずやってくるから、逃げようとは思わないけど、なるべく美しく老いたい。
病の床にあっても、美しくあり続けるのは可能だと思う。
自分を看てくれる人のためでもあるけど、自分の生き方として、いつも自分なりの美意識を保っていたい。

そういう思うこと自体、頑固で美しくないのかもしれない。(笑)



日常生活も落ちついてきたので、少しずつブログにも復帰していきましょう。
ご無沙汰のごあいさつの代わりに写真を一枚。


冬彦のブログ




え~っと、身の回りでバタバタしていて
ゆっくりと書く時間がとれません
忙しいときほど、書くべきだとは思うのですが

少しの間、ブログの更新をお休みします






きのうは死後の世界を否定したが、きょうは幽霊のことを考えてみよう。
現実の社会は、日々変わっていて新しいことが次々と起きていて、日常生活が目まぐるしく
変わっている。

そういう社会の変化に幽霊は対応できるのであろうか?

少し前に亡くなって幽霊になった霊にとって、クルマ、エレベータ、新幹線といった新しい乗り物や、インターネットや携帯電話といった新しい通信手段を理解できるのであろうか。
もし、できるとしたらそれはどうやって学ぶのであろうか。幽霊むけの雑誌があって新技術の紹介がされているのであろうか。それとも、生身の人むけの本やテレビをみて研究しているのであろうか。

たとえ幽霊と生身の人の間であっても、互いに理解できることがなければコミュニケーションが取りにくいと思われる。
もし、幽霊にあったら、携帯電話を持っているか聞いてみたい。


ところで、死後の世界ってあるとお思いでしょうか?
わたしはもちろん、あると思っています。
ただし、それは生きている人の心の中にあって、死んだ人のものではありません。

死んでしまえば、思うことも考えることもありません。
生きている人が、死者を悼み死後の世界を思うので死後の世界がある。
それだけのことである。

もし、ほんとうに死後の世界があるなら、それはすごいことになる。
だって、すべての死んだ生物がそこにあつまり永遠にいるとしたら、ものすごい数の人がいるのだろうし、死んでしまった微生物(超多量だ!!)だってそこにいるのでしょう。
人だけが死後の世界を持つと思うのは理解できるけど、それは間違っていると思う。