「空気を読む」と表現したのは、山本七平氏だという。
場の雰囲気を発見し、「空気」と命名したのはすごいことだと思う。

わたしですら、空気を読んで、その場の期待に沿う行動をとるのは、ごくふつうにおこなっていて、空気に反する行動にはイラっと感じてしまう。
空気には人を従わせる強制力みたいなものがあるし、反すればペナルティもある。
でも、空気にしたがっている限り変化はしないし、新しいこともできない。

意識して、空気を無視するのがいいんじゃないかな。
ストレスを抱え、傷つくけど、それこそが空気を読まずに挑戦した証。
胸をはって、KYの栄誉を受けたいと思う。


宇宙にいきたい、ということをよく耳にするけど、
今いるここだって広い宇宙の一部。
大気圏外だけが宇宙じゃない。
空のとおくも、ここも同じ物理法則が支配している世界だ。
そういえば、科学は(キリスト教の)神の支配がどこまでおよんでいるか調べることから始まったらしい。キリスト教以外の宗教では神の支配領域を調べるという概念がなかったという。興味深い指摘だ。

思考実験
宇宙の遠くでは、こことは違った物理法則が成立している場合、どうやったらそれを確かめることができるのだろう?
たとえば、光速といった基本定数が異なっていたら分かるのだろうか。


物理法則の違う世界があるかもしれない、でもそこへはたどり着けないような気がする。


ときどき、プールへいってばしゃばしゃと泳いでいる。
初夏になって、暑い日が多くなってきたので、プールへ来る人が増えてきた。
女の人も増えてきて、いい眺めが見られることもある。

黒い水着に白い足、そして形のいいお尻。
水中で眺めるから、正しい形や色は分からないし、極度の近眼だからはっきりと見ることはできないのだけど、ゆらゆらとゆれる白い足やお尻はいいものだ。


5月のある日、トイレに入ってお尻を拭くと真っ赤な血がついてきた。
ウォシュレットでしっかり流しているのにもかかわらず、鮮血がでてくる。
しばらく押さえていたら止まった。

いろいろと調べてみると、大腸の病気が疑われるらしい。
確定診断のためには、内視鏡による検査が必須ともあった。
大きな病気であろうとそうでないとしても、早めに医者にいくべきだなぁと判断して、肛門科のある医者にいった。

そしたら、内視鏡を使うことなく、触診と目視での診察で、
痔で自然治癒し始めているから特別な治療も薬も不要という診断であった。
ただし、痔に配慮した生活習慣を心がけるよういわれた。

どきどきだったけど、大きな病気でなくて良かった。



中学、高校の頃に万年筆を使っていたけど、いつのまにか水性ペンや水性(ゲル)ボールペンにとってかわり使わなくなってしまった。
油性のボールペンはいまだに苦手。ベタつく感触がイヤなのだと思う。
水性ボールペンのスムーズな書き味が良かった。

そのうちに、鉛筆やシャープペンシルを日常の筆記具にするようになった。
そして、ことしひょんなことで、万年筆をふたたび使うようになった。
ペン先から流れでる青いインキが気持ちいい。

10代の頃にはあまり感じなかったことだけど、経験を積んで分かることってあるんだなぁ、と実感した。