未だ来ぬものが、未来。
だから、よく分からない。しっかり分かったらそれは未来じゃなくて今。
人は未来をある程度予想するから、日々暮らしていける面が多い。
カレンダーや手帳に予定を書いておくのもそのひとつだし、カードや光熱費の支払日もそんなもの。

先を予想するというのは、囲碁や将棋といったゲームもそのようなもの。
相手の差す手を予想して、自分の手を決定していく。
予想と現実のギャップがおもしろい。

ところで、この予想するという能力、とても強力で人の行動を規定することがある。
会話で心理的に追い詰めるというものある、映画などでよく演出されている。
一方がある事を知らない振りをしているのに、もう一方が疑いを持ちながらじわじわと責めていく。ずばりと切り込むより、周辺から攻めていくことで緊張感が高まっていく。
これも、会話の先を予想さえしなければどうってことない筈。

未来って不思議!!


時間というものを考えている。
人は今を生きながら、過ぎたことを思い返し、まだ来ぬ先のことを夢見、恐れる。

そんな時間って、物理的に追いかけていくとぼやけてしまう。
どうも量子力学レベルの小さな領域と、わたしたちが見て触れるこのマクロな世界では違うもののようである。物理というと、この世のすべてを統一的に説明する学問かと思っていたけど、そうではないみたい。
対象とする大きさに応じた物理法則が支配するとすると、この理解できている世界観を小さな領域や、もっと宇宙を越えるような領域には別の法則が存在していることになる。
それは、きっと理解も想像も超えたものなのだろう。


ところで、過去のこと。
過去は変わるのです。
起きてしまったことは変わらないように見えて、思い返すたびに記憶が少しずつ書き換えられている。思い出せば、出すほど、過去の記憶はどんどん変わってしまう。
これが、人の記憶であり、過去というもの。

人の記憶がどう変わるか分からないけど、自分の記憶は自分に都合よく変えてしまいましょう。

いろいろと趣味を持っているけど、知らない楽しみがいっぱいあるんだろうなと感じている。


音楽
歌ったり、演奏する楽しみ

文学
エンタテーメントといわれるミステリーやSFは読んできたけど、
純文学といわれる分野は読んでこなかった。
きっと、くめども尽きぬ楽しみがありそう。

語学
外国語というと英語しか知らないし、その英語もほんの少しだけ。
日本語以外で語られる物語や音楽には、想像を超える驚きがありそう。

勉強
寝る間を惜しんで、何かを勉強するということはほとんどしたことがない。
猛勉強をしてテストで高得点をとるというのも楽しそう。


1日は24時間誰にでも平等。
その中で、みんないろいろなことをしている。
人と比べるのはあまり意味のあることじゃないけど、時間の使い方の目安にはなりそうな気がする。

ぼうっとしているのも24時間なら、忙しくあれこれして過ごすのも24時間。
仕事なら限られた時間の中でアウトプットを出すことが求められるけど、自分の人生の過ごし方には評価基準がない。
自分でOKと思えるならそれで十分。
足りないなら、満たす努力をすればいい。



遠くに住んでいる友が亡くなったという知らせが来た
事故にあって入院して、一時は退院できるかも
という状況だったのに永眠しちゃった

いくつもの死に向き合ってきたし
理屈ではちゃんと死を理解しているのに
死に直面すると、やっぱり泣けてしまう

合掌



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