今まで
自分勝手に
見てみぬふりしてきたことがあった
いやなことがあっても
いつも自分の強さを信じて
走ってきた
走ってくる間
たくさんの
落し物をしてきたようだ
なくしたものもたくさんある
忘れてきたものも数え切れない
見てみぬふりをしてきた
大切なことを
少し振り返って
考えてみよう
心地よい雨音が
そんな気にさせる
土曜日の午後
タイガーバームガーデン 萬金油(タイガーバーム)という塗り薬で富を築いた胡文虎が美を目指してつくったテーマパーク。
三島由紀夫はこの庭のことを『美に逆らうもの』というタイトルで昭和36年の新潮の中でこう形容している。
“これほど大胆に美という美に泥を引っかけるような”庭。
“実に嘔吐を催させるよなものがあるが、それが奇妙に子供らしいファンタジーと残酷なリアリズムの結合”
“この国全体の悪趣味の集大成”
“奇怪で醜悪、阿片吸引者の夢のようなグロテスクな庭”
さすがの三島由紀夫も、驚きを隠せないようで、これ以上形容する言葉が見つからないほどの
美にさからう情景の形容、描写を書きたている。
一切の動きのない永遠不朽のコンクリートで塗り固められた庭園。
沐浴する楊貴妃、曲馬団の女たち、レスリングの女たちなどのリアルで死の気配を感じさせるコンクリートの裸体。
怪しい笑みの黄色の巨大な布袋、大蛇、大亀・・・・・・
この悪趣味の中の悪趣味が
転じると
論じる必要のない域に達すのか。
後悔をしない人生を生きているつもりの私の
数少ない後悔は
この庭園を訪れずに
21世紀を迎えてしまったこと。
シンガポールにも同様のテーマパークはあるけれども、
香港のそれにはかなわないはず。
摩訶不思議な世界
美の定義をもう一度考えてみたくなる。
きっと訪れると美の定義なんてどうでもよく思えてもくるのかもしれない。
ウェブなんちゃらほいっていう時代
この時代を生きているので
この時代を楽しまなくちゃ
そんなヴァーチャルとリアルを行ったり来たりしながら
毎日を過ごしている私。
昨日の日経新聞の生活欄に
「勝手に借電!街にはびこる 電源依存社会の病理」
「窃盗で摘発の事例」
との見出しの列挙に
どきっ
として思わず読みいった。
地方に住んでいることもあり、
モバイルツールを片時も手放せない私
ケータイやPCですべての「こと」を済ませる事が多い。
喫茶店をはじめ、図書館あげくのはてに
児童館にまで借電は起きているというモラル低下について、
言及されているのと同時に
内蔵バッテリー型の蓄電能力の問題点から
電源依存社会の進行にあわせた積極提供サービスについて
書かれていた。
前者のモラルの低下は、公共の場所での喫煙や携帯電話の使用などと同様のルール違反と通じるようで、
本人の公共意識ひとつの問題のようだ。
後者に関しては、電源コンセプトを備えた積極的提供をサービスの手腕として行う事例として、
喫茶店から新幹線や航空機までこの社会にあわせる形のサービスの紹介があった。
国内メーカーが研究開発している燃料電池が製品化されると、「借電」という問題は解消方向に向かうらしい。
これで万々歳?
モラルに関する意識の低下は解消されるのかしら?
首を傾げてみた。
public(公共的空間) と private(私的空間)
リアルな世界でもヴァーチャルな世界でも
人と人がかかわり合い
身を寄せ合って生きているのだから
今自分がどこにいるのか?
相手に対する思いやりはどこに置いてきたのか?
本当は心がきれいなはずなのに。
マナーとモラルの問題の根源を
意識いした教育や、教育する側への教育などを
もっともっと大切なものとして
考えなくてはいけないのではないか?って
以上
私的空間で部屋着のままPCに向かい
公共的空間のブログを前に
きゅっと身をひきしめている私が感じた今日の日記。
「バタバタしてます」
ってついつい言っちゃいますよね~。
私って年から年中バタバタ 雌鶏のよう。
- 高城 幸司
- 仕事ができる人の魔法の口ぐせ
↑高城幸司さんの新作著書「仕事ができる人の魔法の口ぐせ PHP文庫」の中で、要注意な口癖の一つにあるんです。
同時進行の案件が膨大に増えて収拾がつかなくなっている、完全にキャパシティーをオーバーしている状態を声高に宣伝しているようなものなんですよね。
本文には「ひとつの仕事に着実に取り組むことができず、すべてが中途半端で結実しない状態」と手厳しいお言葉が。
うーーーん。そうだよね。そうなんですよ。
私もよーーく使う言葉。あれやこれや動き続けている私の代名詞になっちゃいそう。
この本を読み始めてから、このタブーを言わないようにしています。そうしたら、不思議。この言葉が使えないわけだから、逃げれないんです。だから自然とバタバタ状態を回避する道を選ぶことができちゃうのです。
目からウロコな出来事が最近多い私。
今回も目からウロコがぼってりと落ちてきたような気がします。
東京ビッグサイトに時間通りに到着
勢いよく会場入りしてすぐに
パンツスーツ姿の私
パンプスをパンツの裾にひっかけてしまい、裾がだらーーんとおりてしまった。
大変っ!!
さぁ!これから!というときに、いきなり右足のパンツの裾がぁっ!!ソーイングセット持っていなくて、思わず途方にくれてしまった。
ホビーショーの会場は開場と共に殺気だっているし
と
焦ってあたりを見渡すと、ショーの荷物配送用のクロネコさんのカウンター発見。
カウンターの上に梱包用ガムテープ。
応急処置!!!とケータイメール中のおにーちゃんに
○ごめん!ガムテープちょっとちょーだいっ!
おにーちゃんは目を丸くして
●ど、どーーぞ。
○ちょっと座らせてね。
●ど、どーーーーぞ
そのまま椅子に座ってガムテープを裾にペッタン
○ありがとう!助かったわ。
そして会場に入り、ホビーショーだけに、糸や針のメーカーさんは山ほど出展中。ありすぎて、どうしたらいいかわからず、とりあえず、針(10本組)を買い、糸(丸ごと)をわけてもらい、
すぐさま処置スペース探し。
どこもかしこも目立つ場所ばかり。
時間はないし
ホールのベンチはどこもかしこも人人
たった一カ所見つけた。
円形のベンチである一カ所だけ
階段の裏側に位置するベストポイントがっ!
あそこなら、パンツはいたまま座っ縫っても目立たない!!
ただ問題は
座ってお弁当食べてる人が二人。
獲物を見つけたハイエナのように
ぐるぐるその周辺を徘徊してみた。
ぐるぐる
背後の警備員の視線が気になる
どうやらその二人は背中を向けて食べているし、
他人同士のようだ。
よしっ!!
○すいません。そこの間に座らせてもらっていいですか?
もちろんちゃんと事情説明をして
ぎゅうぎゅうにつまったその場所で
ソーイングソーイング
よっし
これで戦闘準備完了!
会場に向った。
吉信芳石
竹筆職人
私の大好きな
ヨシノブのオジイチャン
心をこめて
せっせと
せっせと
竹筆
竹ペン
心をこめて
せっせと
せっせと
職人の技
匠
という言葉だけでは
伝えられない
遊び心を
いつまでも持ち続ける
吉信さんは
まるで
竹の中からみつけた
生まれたばかりの
かぐや姫を
愛で、育む
竹取物語の翁のよう
- ドウス 昌代
- イサム・ノグチ〈上〉―宿命の越境者
- ドウス 昌代
- イサム・ノグチ〈下〉―宿命の越境者
アメリカ在住の著者が、執拗なまでの丁寧な取材をこなしたイサムノグチ伝の大作。
彼の生涯に関わるたくさんの人物から、かなり具体的な彼の生き様が表現されている。
エキゾチックで意思のある面持ちとは裏腹に、
東洋と西洋の美の融合 と一言で片付けられるには、あまりにも激しい宿命を背負ったイサムノグチ。
アメリカ人でもない、日本人でもない 父母の揃った家庭を知らない、常に孤独な遊牧民として、「帰属への渇望」が彼の作品へと注がれた。作品制作が彼の世界だった。
彼の宿命に心打たれながらも、数々の業績、軌跡をたどることで、アーティストとしてのすばらしさにも心を奪われる。
20世紀の激動を生きた彼の生涯から、私たちは宿命とは何か?宿命と戦えるのか?という事が学べるかもしれない。
http://store.apple.com/0120-APPLE-1/WebObjects/japanstore/
元々Macユーザーの私、当時私の住んでいる町でMacユーザーは皆無に等しく、仕事上の付き合いで購入した地元商社のPCプログラマーもチンプンカンプン。
そんな中唯一の頼りが、今の夫。
グラフィック系の作業のときは、今でもMacですが、仕事など日常使いはいつの間にかWindowsへと。
会社にも古いMacが1台に、あとはすべてWindows.
自宅はデスクトップはWIN, ノートはiBook.
アドビ系のソフトは今でもWINでは少し使いにくいし
オフィス系のソフトはMacではなんだか扱いにくい。
結婚して、地元のメディア系やクリエイター系たちを集めて
Macユーザーの会(マックチームと呼んでます)を立ち上げたものの、最近では、すっかりWIN話に花が咲く事も増えてきた。
そういえばうちの夫が愛読していた雑誌“MacFAN”の姿は最近見ない。
ところが、どうやらMacでもWINでも立ち上がるシステムのMacが発売されたらしい。
恥ずかしながら、ユーザーとは名ばかりでソフト使いであって、システムのことは夫まかせで全くわからないのだけれど、夫が今朝の日経のジョブズの記事を読みながら、思い出したように
熱くこのシステムのことを語るので、なんだか私までエキサイトしてきて、購入計画を具体的に検討中。
夫の崇拝するジョブズが1976年にapple1を販売開始してか30年後。この状況は想像できたのか、なるべくしてなった状況なのか。
1999年4月
私は雇い主であり店主である義父に仕事の条件を提示した。
『完全週休二日が無理でしょうから、月に一度は二日休みを下さい。
月に一度は一泊旅行したいですから。』
その日の夜、義妹からすぐに電話がかかってきた。
『一ヶ月に一度は旅行するなんて、ゼイタクよ。』
『ゼイタクって・・・・・
海外旅行は年に一度でいいのよ。
毎週じゃなくて、月に一度 大阪とかにお買い物に行くだけよ。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・』
受話器のむこうでため息がきこえたような気がする。
『トンデモナイ嫁ガキタ』
独身時代は関西の友達とパーティー三昧。
仕事は仕事
遊びは遊び
行きたい店や
行きたい国があれば
せっせと働いて
お金とお休みを稼ぎ
ひょいと
ひとっとび。
思いっきり遊んで思いっきり仕事する!
これがカッコイイ生き方だと思っていた。
そんな私がひょんなことから
昔ながらの質素な画材屋に嫁ぐことになったのだから・・・・・・
月に一度は一泊旅行
1000歩ぐらい譲ったつもりだったのに
どうやら
私はココではオカシイらしい。
年に1度の海外旅行だって
お正月だけでいいのに
ゴールデンウィークやお盆は遠慮しておくわ
こんな私だったから
朝の出勤
職場まであと300メートルの道は
地獄へ向かう道
だった。
仕事はデキる
はずの私が
わからないことだらけの
毎日の業務
接客業務が大好きの
私が
お客様に声をかけられるのが
怖い毎日
職場に私の居場所が・・・・・
ない・・・・
笑顔でお客様にコーヒー入れるだけの日々
どんなに店が忙しくても
何もできない・・・
誰も指示してくれない
何もわからない
ストレスは極限に達し
生まれて初めての
胃炎をおこした
そしてその胃炎は
慢性化、十二指腸潰瘍
偏頭痛
この状況を脱するために
この店にとって必要とされる実力をつけなくてはならない!
私が自由に動けるための道はこれしかないっ!!
コンビニでかつて愛読していた海外旅行情報誌の表紙をにらみながら
心に決めた1999年の夏だった。


