10位は茨城大会2回戦の取手一対小瀬で、「先頭が出塁すれば、悪い流れが変わる」0対16で迎えた五回表、先頭打者の主将鯉沼翔汰は強い覚悟で打席に入り、高めの直球を振り抜いたが、打球は捕手のミットに収まり、後続の1年生打者も打ちとられ、ゲームセットを迎えました。昨夏、前回大会敗退後に3年生部員が引退すると、男子部員は鯉沼1人になり、堀米厚監督や佐藤心愛マネジャーと放課後に基礎練習を重ね、公式戦には他校と連合チームを組んで参加する一方、出身中学校の後輩に「一緒に小瀬で野球をしよう」と呼びかけ、この日は今春入部した1年生9人と「助っ人」の同級生3人がベンチ入り。選手たちは懸命に白球を追いました。 試合終了のあいさつまで涙を見せませんでしたが、ベンチ裏で仲間に囲まれ「自分の打撃でいい結果が出せず、負けたのは悔しいけれど、支えてくれた方やついてきてくれた1年生には感謝の気持ちでいっぱい」と鯉沼はあふれる涙をぬぐい、単独チーム出場のバトンを後輩たちに託したわけです。
9位は高知大会1回戦の高知高専対高知海洋・室戸・幡多農で、四回表、高知海洋・室戸・幡多農は1点差に追い上げられ、なお無死満塁。2番手として登板したのは、「試合では投げたことはない」という浦川海里で、中野和施監督から直球の力強さを見込まれて起用さ。2点を失ったものの、その後は三振を含め3者連続でアウトを積み重ねました。「室戸の部員は浦川のみ。「1人を言い訳にしたくない」と素振りやランニング、筋力トレーニングに黙々と取り組みました。乱打戦の末、試合は10対16で敗れましたが「自分はすべて出し尽くせた。後輩たちはもっといいチームにしてくれるはずです」と浦川はコメントしたわけです。
8位は東東京大会2回戦の雪谷対1大島で、離島から10人のメンバーで挑んだ大島は、雪谷に1対17で敗れ、初戦突破はなりませんでしたが、憧れの神宮球場で戦い抜いた充実感が漂っていました。「3番・捕手」で出場した白井三十晴主将は1回、3回と2度の二盗阻止。4回には相手の失策で出塁すると、2死一塁から中村陽向外野手の三塁打で一塁から生還。この日唯一のホームを踏み5回表からは投手としてマウンドにも上がり7失点も、唯一の3年生が攻守でチームを引っ張りつづけました。部員は昨年まで白井1人。今年は1年生9人が入部し、4年ぶりの単独出場が実現しました。「練習に人数がいることは初めて。毎日が楽しくて、まだ終わりたくない」と待ち望んだ仲間との日々をかみしました。高校卒業後は、「島を出て野球を続ける予定」と白井はコメント。何にも代えがたい経験を胸に、新たな野球人生へと踏み出すわけです。
7位は福島大会1回戦の白河対福島西で、福島西の先発、阿部岳投手は一回から得点圏に走者を背負ったが、カーブ、スライダー、チェンジアップと変化球を織り交ぜ、白河打線に真っ向勝負し、五回途中まで2点に抑え、粘り強く投げました。「いつもこんな感じ。仲間を信じて、打たせてとるのが自分のやり方です」4番打者としては、五回1死二塁でライト前ヒットで好機を広げますが、その裏に白河に勝ち越しを許し、六回以降は仲間の投手陣が相手のスコアボードにゼロを並べたが、打線がつながりませんでした。今のチームに3年生の選手は3人だけ。昨秋の県大会は福島北、伊達と連合チームで出場し、今年4月、1年生11人が入って、今大会は単独で臨みました。来年から福島北と合併し、校名は福島学芸になり、福島西として挑む夏は今回が最後。九回2死で回ってきた打席で阿部はファーストゴロに倒れ、試合は終わりました。「自分より、後輩たちの方がよっぽど力がある。来年はもっと上を目指してくれるはず」夏に福島西で最後となる1番を背負ったエースは後輩にエールを送ったわけです。
6位は熊本大会2回戦の有明対千原台で、八回裏、千原台のエース・池田奏太投手は2死一、三塁のピンチで、内角へ直球を投げ込み、中飛に打ち取りましたが、これがこの夏に最後に投じた球となりました。 今春の練習試合でけがをして、投げられるようになったのは、わずか3週間前。1回戦は4イニングを投げ無失点で切り抜けましたが、この日は本塁打も浴び5点を失いますが、それでも優勝候補の呼び声高い第3シードのスコアに六つの「0」イニングを並べる粘投でした。池田は「相手投手のことを考えると、もっとロースコアに抑えないといけなかった」と悔しさをにじませしたが、沼田大幸主将は「池田が人一倍頑張っていた。池田がエースでなければ、このチームはここまで来られなかった」と称賛したわけです。
5位は和歌山大会2回戦の近大新宮対紀北工で、七回2死一、三塁。1点失えばコールド負けが決まる場面で、紀北工の下野洋輔主将が三塁手から救援のマウンドに立ち、1球ごとに「うりゃ」と声を上げて投げ込み、ピンチの芽を摘みました。下野は12人の部員のうち、唯一の3年生。174センチ97キロの体格を生かして四番を務め、下級生に助けられながらチームを引っ張ってきました。谷本憲司監督は「責任感が強い。しんどいときに支えてくれる同級生がいない中、よくがんばってくれた」とねぎらいました。試合に敗れた後のロッカールームで下野主将の表情に涙はありませんでした。「最後までやり切りました。悔いは全くありません」すがすがしい表情で球場を後にしたわけです。
4位は新潟大会2回戦の十日町総合対海洋で、2018年以来8年ぶりに単独チームとして出場した十日町総合が初戦を突破。初回に四球や暴投が絡んで先行を許しますが、五回に小幡騰也の2点適時打で逆転。終盤も得点を重ね、毎回の14奪三振で九回を投げきった投手の小幡を、守備陣が無失策で支えました。捕手で主将の高橋真虎は唯一の3年生で、近藤慎司監督が「彼が野球を続けていなかったら、廃部になっていたかもしれない」と語る存在。高橋は「ふだんから一緒にいるメンバーで、チームを組めるのはうれしい。みんなで校歌を歌おうという約束が果たせて良かった」とコメントしたわけです。
3位は京都大会2回戦の京都国際対城陽で、五回裏が終わり城陽の主将大西翔太は「いい試合ができている。自信をもってやろう」とチームメートに声をかけました。ここまで0対4。試合前はもっと大差がつく心配をしていました。2年生投手の西岡樹生とは幼稚園から高校まで一緒の幼なじみ。ピンチでは大西がマウンドへ行き「落ち着いて。お前で負けてもいいから」と励ましました。試合には負けますが「きょうはバッテリーエラーもなく、チームはバッテリーに助けられた」と大西は感謝したわけです。
2位は三重大会1回戦の菰野対木本・紀南・熊野青藍で、最速141キロでプロ注目左腕の木本・間部日葵が初戦で散りました。6月に左ひじを痛め、2週間前まで投げられず。この日は「5番・右翼」で先発出場。同点の8回に登板、死球と犠打に暴投で1死三塁を招き痛恨の犠飛。無安打で決勝点を奪われました。「最後だし覚悟を決めて全力でいきました」。痛み止めを服用してのマウンドで最速は135キロにとどまりましたが「親や指導者が見捨てずにいてくれたので、最後はいい球が投げられたと思います」と気丈に振る舞いました。昨年11月の交流試合「熊野ベースボールフェスタ」で横浜相手に、1失点完投で15奪三振と好投。翌日には健大高崎に7回14Kと真っ向勝負で甲子園優勝校をねじ伏せ一気にブレークしました。気になる進路は「大学進学して、4年間行ってからプロを目指したい」とキッパリ。2年前に木本と紀南が統合して熊野青藍が誕生。1、2年生の後輩とともに連合チームとして参加していたが、木本でのプレーは最後になりました。「たくさん応援してもらったのに、最後このユニホームで頑張れなかった。申し訳ないです」熊野の怪腕は悔しさとともに高校野球を終え、次のステージに臨むわけです。
1位は佐賀大会2回戦の有田工対多久で、1対3とリードされて迎えた八回裏、多久は1死三塁のチャンスに1番打者市丸竜志朗選手は中堅へ1点差に追い上げる犠飛「同点になった気持ち」仲間とハイタッチを交わしました。一回は先頭で四球を選んで出塁し、先取点となるホームイン。2024年優勝、2025年ベスト4の有田工相手に捕手としては3投手の継投をリード。最後の九回に4点を奪われましたが、五、六、七回の失点はいずれも1点ずつにとどめ、食らいつきました。 3年生は2人だけで、春の大会は厳木との連合チームで初戦負け。今夏は初戦を延長タイブレークで突破しました。チ「有田工相手に八回まで接戦ができた。自信を胸にやってほしい」市丸選手は後輩に期待を込めたわけです。