大谷紀子「すくってごらん(15)」 | ロロモ文庫

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15匹目

動揺する香芝。「え、今から」「そうですよ。思い立ったが吉日と言いますし」「しかし、まだ心の準備が」「その3分間、うちが計らせてもらいます」「吉乃さん」「ふふふ、さすが香芝さんや。えらい仕事が早いわあ。はい、どうぞ。ポイを選んでください」「はい」「はい、にいさんも」「ありがとう。決まったよ」「私もです」「ほな、いきましょうか。それでは位置について。よーい、スタート」

張り切る香芝。(さあ、落ち着いていこう。まずはどのあたりのどの金魚をすくっていくか見極める。あの子とか、あの小さい子とか。あ、狙った獲物が全部かっさらわれていく。この男、わざとか。うかうかしていたら活きのいい小赤しか残らないぞ。そうだ、せっかくやり合っているのにじっとしているなんて勿体ないよな。ポイの中で一番強いのは持ち手に近いこの部分だ。なるべくここを重点的に使ってすくっていこう)

ふふふと笑う吉乃。(変わってないなあ、兄さん。相変わらず優雅に水みたいにサラサラすくいはる。よかったね。ほんま、水を得た魚みたいな顔して、二人とも)

そうかと呟く香芝。(金魚すくいは人生だ。一緒にすくう誰かがいて、3分間という限りはあるから煌くんだ。例えるならポイは自分。右へ行ったり、左へ行ったり、擦り切れて、摩耗して、破けることもあるだろう。だけど、それも人生だ。それでも泳ぎ続けるのが人生なんだ。不格好でもいい。あがいて、もがいて、ぶつかって、骨だけになる。その時まで、生きようじゃないか)

「あ、終わりです」「あ」「はい」「はは」「楽しかったあ。気持ちよかった。そんで疲れたあ」(ずっと知りたかった。金魚をすくえると自分がどういう気持ちになるのか。嬉しいのか、楽しいのか。その答えが今わかった。幸せだ。金魚をすくっているその時、私は一人ではないから。そしてその時の私はきっと笑っているから)

「え、また転勤ですか」(それからまた私が紙に踊らされたのは半年後のこと)「せやで、喜べ。本社やないけれどもそのお膝元や。こんなん異例中の異例やで。お前やったらゆくゆくは本社に戻れるんちゃうか」(なんだろう。初めて辞令をくらった時よりも暗いこの気持ちは。誰にも黙ってさっさと東京に戻ってしまおう)

駅に行く香芝。(意図せずして来た金魚が泳ぐ町。もうすでに懐かしいと感じるのはまたいつかここに戻ってくるからだろうか)「なんも言わずに行かはるなんていけずな人やわあ」「あ」「さよならなんて言いませんよ」「……」「香芝さん、これ、お土産です」「え。ありがとうございます」「いってらっしゃい。次会うときは「おかえりなさい」って言わせてくださいね」「はい。皆さん、短い間でしたが、どうもありがとうございました」「また、夏の全国大会で会いましょう」「ああ」

電車に乗る香芝。(お土産ってなんだろう。まさか妙な金魚グッズじゃ)メッセージの書かれたポイを見つめる香芝。<金魚すくい万歳!大和><香芝さん、いつかチームを組みましょう。御所><最近ポイデコにはまってるんだよ。明日香><きんとっと君の中身がまさか君だったとはね。斑鳩><大和郡山を第二の故郷だと思っていつでも帰ってきなさい。生駒彦造><あの日、あなたに負けて、初めて悔しいという感情が芽生えました。全国大会でリベンジしますよ。それまでお元気で。王寺><香芝さんが全国大会で金魚を100匹すくってくれるのを楽しみに待っています。吉乃>

涙をふく香芝。(もう大丈夫だ。どこへ流れてもきっと強く生きていける。来年の夏は楽しみだ。その時、私の隣には誰がいて、表彰台のどこに立っているのか。それはきっと紙のみぞ知る)