大谷紀子「すくってごらん(13)」 | ロロモ文庫

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13匹目

(王寺昇。第7回全国金魚すくい大会小・中学生の部優勝。翌年第8回一般の部優勝。12年前、16才の時にうち立てた記録はいまだ破られていない。そしてこの記録を最後に彼の名前は大会名簿から姿を消す。なぜだ?私が初めて手ほどきを受けた時のように客相手に指南がてらすくうことはあっても、試合形式ですくうことはまずないと言う。競技自体に飽きてしまったとでも言うのだろうか。ちょっと不快だ。すくえる者がすくわないだなんて)

彦造に事情を聞く香芝。「王寺君、その翌年にも大会は出るには出たんやで。団体戦での。」「団体戦ですか」「せや。小・中学生の部、一般の部、団体戦。三年で総なめにするんちゃうか、てな具合で皆注目しとった。せやけど準決勝であっさり敗退しよった。ちゅうより、試合放棄したんや」「試合放棄?なんでそんなことを」「知らん。わしもそこまで聞かなんだ。ちゅうか、聞けなんだわ」「……」「そないに気になるんやったら、本人と直接話したらええやん。そんでいっちょ、あいつの帽子脱がしてみい」「帽子」

「にいさん」「おや、吉乃さん。バイト帰り?お疲れ様」「うん。ちょっと寄ってもええ?」「もりろん。というか元々ここは吉乃さん家の店じゃないですか」「うちん家いうか、元父の店です。行商にかこつけて何年も帰ってこんと好き勝手フラフラして、にいさんに店まかせっきりですやん」「金魚すくいを全国に広めようと飛び回っているんだから立派ですよ。おかげで僕は僕の居場所を与えてもらっているわけですし。さっきちょうど、忠信さんのことを思い出していたんですよ」「父のことを?」

「親子連れが来て、子供が僕の髪の毛をほめたんだ。金魚よりきれいな金色だと」「……」「君のお父上が僕に初めて会った時のようにね」「そう。ならこの帽子、脱がはったらええのに」「……」「うちも好きですよ。にいさんの髪の色も、小赤相手に必死やった横顔も、小金追う碧い目も、全部好きやったよ」「ははは、そうか。それはどうもありがとう」「もうええわ。ほなね」「うん、またね」

紅燈屋を出て、そこに香芝がいるのに驚く吉乃。「あの、お二人は一体どういうご関係で」「にいさんとは小さい時から一緒によう遊んでました。言うたらきょうだいみたいな感じですかねえ」「そうなんですか」「紅燈屋は元々私の父がやってたお店でして」「え、そうなんですか」「父は今金魚屋台の行商と称して全国を飛び回っているんですけど、17年前、父が紅燈屋の主やった時ににいさんと出会うたんです」

橋の上から川を見つめる王寺を見て、驚く忠信。「待て待て、ぼん。あかんて。死んだらあかん」「この浅瀬で?」「あ」「僕、髪の毛を洗おうと思って見てただけだよ」「髪を?」王子の髪が泥で汚れていることに気づく忠信。「誰にやられたんや、コレ」「同じクラスの子。ぼく、目立つからって。ほら、あんなふうに」「ん」「黒いやつの中に一匹だけ赤いのがいると目立つでしょ。仲間はずれでかわいそう。ああいうのを見ると悲しくなるんだ。ぼくも黒色がよかった」「よっしゃ。ほなうちに来い」「え」「金魚が全然さみしくないってことを教えちゃる」

紅燈屋の沢山の金魚を見て、きれいと呟く王寺。「せやろ。華があってかっこええやろ。俺から見たらぼんもこんな感じやで」「ぼくが?」「ほん、名前なんていうん」「王寺昇」「おとんとおかんは、こういうことされとるの知っとるんか」「知らないよ。ママは水商売で忙しいんだ。ねえ、おっちゃんの仕事も水商売になるん?」「え、まあ水使うた商売はしてるけども

「おとうさんは知らない。最初からいないし。ドイツ人らしいけど。ぼく、女の子みたいで変だっていじめられるんだ。フツーじゃないんだって。でも、もう慣れちゃったから平気なだ」「あかん。平気なだけじゃ全然あかんで」「え」「どうせなら元気にならんと」「元気?けどどうやって」

「これや、王寺君」「あ、金魚すくい」「いいか、王寺君。金魚ってのは人の気持ちがわかんねん。とくに心が弱っとる時なんか、こっちに寄ってきてくれんねんで」「え。うそだあ」「ほな水面に近づいてみ」「うわっ、来た。なんだかかわいいね。ねえ、すくってみてもいい?」「もちろん」

王寺の才能に驚く忠信。(なんや、この子。なんも教えんでもスイスイすくっていきよる、水中の手が消えとるみたいに。手が水か空気にでもなっとるんちゃうか)「あ、破けちゃった」(初めてやって23匹もすくいよった。この子天才やで)「王寺君、もしまたなんかあったらすぐに来い。いや、なんもなくても来い」「うん」

「それからすぐににいさんの居場所は紅燈屋一色になって、金魚すくいですぐに頭角を表して、お店に来る人たちにも一目置かれる存在になりました。友達やライバルもできて楽しくやってきたんです。でも、試合中に仲間の一人がにいさんを裏切ったんです」「……」