東京郊外にあるあひるが丘は日本一紡績の社宅が集まっており、人事課長の秋元夫人を中心にして、夫人たちはいつも噂話に花を咲かせていた。「大阪支店からこっちに転勤した西川さんは電気洗濯機を買ったそうよ」「あの奥さんはちゃっかりしてるからへそくりでも貯め込んだんじゃない」
大変よと伊東の妻の美枝子に言う阿部夫人。「お隣の西川さん。電気洗濯機を」びっくりしたわと西川の妻の房江に言う美枝子。「奥様、私にちっともそんなことを言わないで、電気洗濯機をお買いになるんですもの」「お宅も買ったらよろしいわ」「ええ、主人に頼んでるんですの」
秋元夫人たちは専務の奥さんと房江が仲がいいと噂する。西川さんが電気洗濯機を買ったと伊東に電話する美枝子。「そんなことをいちいち会社に電話する奴があるかい」「あなた悔しくないの。私、ご近所の手前」「わかった。とにかく帰ってから」
西川に電気洗濯機を買ったのかと聞く伊東。「本当かい」「君、知らないのか」「どうも、この頃、夕食はサンマの日干しが続くし、おこづかいも減らされるんで変だなと思ってたんだ」君が来てから何かと女房は僕と比較するとこぼす伊東。「じゃあ、僕のところと全く同じじゃないか」「なんだ。そうなのか」
同じ関西出身のあなたがこっちに来て心強いと房江に言う専務夫人。「いろいろ大阪のことを聞かせてほしいわ」「ええ」娘の百々子を房江に紹介する専務夫人。房江を訪ねて大阪から来たと美枝子に言う房江の弟の八郎。「姉はいませんか」「ちょっと出かけてるみたい。どうして東京に」「東京の飛行機会社に入社したんです。セスナ機の操縦士です。しばらく姉のところに厄介になろうと」
父に縁談を押し付けられて家出してきたと美枝子に言う妹の康子。「でも帰ったほうがいいかしら」「あなたの気持ちが大事よ」「でも傘忠といえば日本橋でも立派な傘問屋の暖簾。お父さんは私に継がせようと一生懸命なんですもの」「だからと行って、嫌な結婚を我慢しなければならないの」「……」「人間より暖簾が大事と言うお父さんの考えを変えてやらないと。もっとも第一にお父さんに楯突いて、家を飛び出したのは私だけど」
八郎にお願いがあると言う美枝子。「今日一日、康子を連れてほしいの」「どうしてですか」「今日、私、父のところに行きます。怒った父が康子を連れ戻しに来ないかと」西川家を訪ねた百々子に八郎を紹介する房江。「八郎はパイロットです」
空の上は面白そうねと八郎に言う百々子。「今日、乗せてくれない」「どうして」康子を見つめる八郎。「とにかく今日はダメです」康子をセスナに乗せる八郎。「やはり空はいいですな」「すいません。すっかりお世話をかけちゃって」
傘忠の暖簾は何より大事だと娘の美枝子に言う丹下。「暖簾を守ることは私も賛成よ。だけど少しは康子の幸せってものを考えないと」「康子の幸せを考えれば、わしは徳平と一緒にして、店を継がせようと」丹下にこの話はなかったことにと言う番頭の徳平。「ですから康子お嬢様の好きなように」「お前は黙ってなさい」
徳平はいい人よと丹下に言う美枝子。「でも徳平さんと康子は年が離れすぎている。徳平さんもああ言ってるし、徳平さんに傘忠の暖簾を継いでもらって、康子はほかの男と」「馬鹿言いなさい。傘忠の暖簾に丹下家の血筋を絶やすわけにはいきません。だいたいお前が勝手に結婚するのが悪い」「頑固なお父さん。お母さんが生きていたときはそうじゃなかったのに」
秋元夫人たちは房江に教えたいことがあると言う。「この前の日曜、おたくの八郎さんと伊東さんの奥さんの妹さんが一緒に飛行機に乗ってらしたのよ」ここは噂のうるさいところですと美枝子に言う房江。「お互いにもう少し気をつけたらええんと違いまっしゃろか」「そうですわね」電気洗濯機を買ったのかと美枝子に聞く伊東。「いいでしょう。お隣だって買ったんだから」「しょうがない奴だなあ」今日は八郎を食事に呼ぶと言う美枝子。「なんだか、康子と八郎さん、すっかり仲が良くなったみたいで」
百々子さんは八郎が好きみたいと西川に言う房江。「この話うまくいったら、専務さんと親戚になれるし、あんたかて重役候補よ」「重役ね」「そないなったら、電気冷蔵庫を買わんと」「電気冷蔵庫?」「専務さんちの素敵たったわ」「まだ気が早いぜ」「大丈夫よ。今日もお嬢さんは八郎の飛行機に乗ってるわ。私が強引に進めたんやけど」あそこに飛んでと我儘を言う百々子に怒る八郎。「君は飛行機に乗る資格はない。降りたまえ」「まあ。野蛮な人ね」
こんなうまい飯を久しぶりですと美枝子に感謝する八郎。「あら、それは康子が作ったのよ」「そうですか」明後日、出張で大阪に戻ると言う八郎に将棋でもやらないかと言う伊東。「あなた、ちょっと」「どうした」「あなたって鈍感ね」康子に星座について話す八郎。「あ、そうか」「パチンコでも行ってらっしゃい」家に帰ってと八郎に言う房江。「専務のお嬢さんが来てるの」あなたに怒鳴られて目がさめたと八郎に言う百々子。「私ってバカな女だったのね。本当にどうもありがとう」
本社よりニューヨーク出張所に若手社員が派遣されることになり、秋元夫人らは伊東と西川が有力でないかと噂する。よかったわねと言う美枝子に何も決まってないと言う伊東。「でも秋元さんの奥さんがあなたじゃないかと」「あれはアヒルの親玉じゃないか」「でも人事課長の奥さまだもの。人事のことだけは確実よ」秋元の奥さんがあなただと言ってたと西川に言う房江。「本当かね」「本当やったら嬉しいわあ」
百々子がおたくの八郎さんと結婚したいと言い出したと房江に言う専務夫人。「奥様。弟のことは安心して私に任しておくれやす。私、弟に会いにこれから大阪に行ってきます」
重大なニュースがあると美枝子に言う秋元夫人。「お隣の八郎さん、専務のお嬢さんと婚約するそうよ」「まさか」「私、専務の奥さんに直々に聞いたんです。この話、西川さんの奥さんが仕組んだらしいわよ。奥様、大変よ。八郎さんが専務のお嬢さんと結婚すると、西川さんは専務の親戚でしょ。そうなりゃアメリカ行きの人事だって」「でも八郎さんは承諾したんでしょうか」「それがはっきりしないんで、西川さんの奥さん、わざわざ大阪まで行くそうよ」私と康子は大阪に行くと言う美枝子に、僕は八郎君の気持ちを確かめると言う伊東。「関西出張で今晩大阪に発つんだよ」
大阪に着いた房江に実家に百々子さんが来ていると話す八郎。「え。ほんまに」「弱ったよ。大阪を案内してくれと言うんだよ。姉さん、相手にしてくれよ」母の雪江の肩を叩く百々子に挨拶する房江。「お嬢さんがここにいるとは。まあゆっくりしていってください」「私、大阪見物したい」「うちが案内します」「お母さまもご一緒に」
雪江に八郎と百々子を一緒にさせたいと話す房江。「これはうちら夫婦にとっても大事な話や。そのために大阪に帰ったんよ」「そうやったんか。あの百々子さんてお嬢さんは面白い子やな。わては気に入ったで」大阪見物をする雪江と房江と百々子。
八郎とちょっと付き合ってくれと言う伊東。「出張で来たんです」「じゃあ一杯行きましょう」百々子がつきまとってうるさいと言う八郎に康子さんはどうですかと聞く伊東。「康子さんはいい子ですよ」「そうですか。ではもう一杯」
泥酔して戻ってきた八郎にお嬢さんは東京に帰ったと言う雪江。「お前はあのお嬢さんをどう思うてるの」「……」「あのお嬢さんはええとうちは思うんやけど」しかし八郎は眠ってしまう。ほんまに困るわと言う房江にあとは任せろと言う雪江。「お前は安心して東京にお帰り。この子を東京に帰す時はちゃんと承諾させて帰すわ」「なら、お母ちゃん、頼むで」
専務夫人にお嬢さんと八郎の話は大丈夫ですと太鼓判を押す房江。八郎と会ったと美枝子に言う伊東。「それで」「だいたい大丈夫だと思うけど」「それで八郎さんは」「やっぱり康子ちゃんが好きみたいだよ」「お隣の奥さん、大阪まで無駄足だったのね。なんだか胸がすっとしたわ」
八郎と専務のお嬢さんの話がやっとまとまりそうですと美枝子に言う房江。「またあとでくわしゅう挨拶させてもらいます。さいなら」どういうことなのと伊東に聞く美枝子。「いや、康子さんのことはいい子だと」「それだけ」「それにお嬢さんから逃げ回ってるようだし、これは有望だと」「やっぱり、私が行けばよかったんだわ。あなたって頼りにならないのね」
東京に戻った八郎に康子は実家に帰ったと言う美枝子。「八郎さん。康子はあなたが好きだったのよ。可哀そうに。あら、御免なさい。あなたの婚約のお祝いも言わないで」「僕の婚約?」「あなたと専務のお嬢さんとの」「冗談を言わないでください」「だって、あひるが丘じゅうの話題になってるのよ」「僕は知りませんよ」
房江にひどいじゃないですかと言う八郎。「僕はお嬢さんと結婚する気はありません」「でもお母ちゃんが必ず説得すると」「いくらお母さんでもこのことは別です」「じゃあ、あんた、ほかに好きな人がいるの」「……」「隣の康子さんが好きになったんと違うの」「好きです。隣の奥さんに言われてはっきりわかったんです」房江と八郎の会話を聞いてショックを受ける百々子。
ニューヨークの派遣社員は今回は見送りと言うことで決着がつく。あなたのことで姉が迷惑かけたと言う八郎にその話はもういいと言う百合子。「お願い。飛行機に乗せて」「今日はダメです。一年後ならいいけど」「どうして」「今日、辞令を受け取ったんです。操業技術取得のためにアメリカに一年間研修だと」「康子さんはこのことを知ってるの」「いや」「あなたはそのことを康子さんに黙っていくの」「いいんです」
傘忠に乗り込み、康子と会う百々子。「あんた、八郎さんが好きなんでしょう。このチャンスを逃すと一生後悔するわ」意地を張りすぎていたと反省する美枝子と房江にアメリカに派遣されることになったと言う八郎。
康子が書置きを残して家出したと美枝子に言う丹下。「気に沿わない結婚は嫌だとはっきり書いてある」傘忠の暖簾をと言う丹下に康子と暖簾は分けてと言う美枝子。「康子は私のところに来ても、お父さんのことばかり心配してたのよ」「しかしわしは康子のために」「お父さんの独り相撲よ。暖簾に腕押し。それに康子に好きな人ができたのよ。お隣の八郎さん」
そこに康子を連れて現れる百々子。「康子。八郎さんはアメリカに行くのよ」「康子さん。すぐ飛行場に行きましょう」康子に早く行けと言う丹下。「お父さん。ありがとう」康子に聞く八郎。「こんな男でも一年間待ってくれますか」「はい」
秋元は人事異動で九州支店長に赴任することになる。秋元夫人がいなくなって残念と言うあひるが丘の夫人たちに挨拶する春本夫人。「今度秋元人事課長の後任で来た春本の家内でございます。どうぞよろしく。ここはちょっと交通事情が悪いけど、住宅街は閑静なのが一番ですからね。私、東京は初めてでして、名古屋にいる時はやはり社宅におりましてね。そうそう、ひばりが丘と申しまして、いろんな人の面倒を見たり、見られたりしたんですけど、きっとここでもそんな感じになるんじゃないかと思うんです」すっかり安心するあひるが丘の夫人たちなのであった。