瞼の母 | ロロモ文庫

ロロモ文庫

いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

五歳の時に母親と生き別れになった番場の忠太郎は、それから二十年、母の面影を探しながら旅から旅への渡世人生活を送っていた。忠太郎は弟分の半次郎が飯岡の助五郎一家への斬り込みに助勢したため、助五郎一家から命を狙われる身となる。風の便りに母らしい女が江戸にいると聞いた忠太郎は江戸に向かう。忠太郎を追って江戸に現れた助五郎一家の代貸の七五郎は、忠太郎探しを地元一家の仙台屋与五郎に力を貸してくれと頼むが、忙しいと断られる。

腐る七五郎の前に現れる金五郎。「なんだ、お前は」「この義理堅い江戸っ子のあっしにポンと小判を投げ出して、頼むと一言いってくれれば。えっへっへ」「……」賭場で大勝ちする忠太郎に話しかける素浪人。「あんた、ついてるねえ。私は息羽田要助と申す」「番場の忠太郎です」

賭場から出てきた要助に話しかける金五郎。「先生、しけた面してるね。さては出来がよくなかったね」「ははは。細川の賭場で一人に斬りまくられて、俺は討ち死にだ」「誰です、そいつは」「近頃よくあそこに来る奴で、番場の忠太郎っていう旅鴉だ」「先生、今、番場の忠太郎って言ったね。しめた。先生、金になりますよ。細川の賭場でそいつを捕まえてしまえば、十両は堅い」「そうか。しかし細川の賭場で網を張るにしても、賭場に行く元手はどうする」「さあて」

金五郎は金を借りに、昔馴染みで今は料亭「水熊」のおかみになっているおはまに金を借りに行く。おはまの娘のお登世は大店の伊勢屋の跡取り息子の長二郎と近々祝言をあげることになっていた。

金五郎の申し出をきっぱり断るおはま。「昔、私がしがない店で奉公しているころ、お前は土地のチンピラだった。でも友達になった覚えはない。この水熊のお得意様はお歴々も多いんだ。そっちの出方次第であっしの方にも覚悟があるよ」金を貸さないおはまに腹を立てる金五郎。「そういうつもりなら、お登世の祝言の時、伊勢屋の店先で、肥溜めかついで、糞の雨で祝ってやるからな」

そこに、厚化粧をした中年女が現われる。「おはまちゃん」番頭に変な者を入れないでくれと言うおはま。中年女は金五郎に話しかける。「金太じゃないいか。ほら、昔おはまさんと同じ店で仲良くしてたおとらだよ」「うるせえな。お前みたいな夜鷹ばばあと、水熊のおかみさんが知り合いなわけないだろ。へへ、おかみさん、こいつを追い出しますから、金のほうはよろしくお願いしますよ」

店の外におとらを連れ出して、暴行をふるう金五郎。「ここは俺様の縄張りだ。この夜鷹ばばあめ」通りかかった忠太郎が金五郎を突き飛ばす。「なんで弱い者いじめをするんだ」「この野郎、しゃらくせえ」ドスを振り回す金五郎であったが、あっさり忠太郎にドスをはねとばされ、こそこそ逃げる金五郎。物陰で金五郎を呼ぶ要助。「あれが番場の忠太郎だ」「それじゃ、先生」「ここじゃ場所が悪い」「それじゃ先生はあいつを見張っててください。あっしは七五郎のところに行ってきます」

忠太郎は飲み屋のおとらを連れて行く。「お前、大きな子がいるんじゃないのかい」「子かい」「あるのかい」「生きていりゃ二十五だ。死んじまったよ」「悪いことを聞いたな。堪忍してくれよ」「お兄さん、みんなが夜鷹ばばあと馬鹿にする私によく聞いてくれた。何年かぶりに人間扱いされた気がするよ。ありがとう」

「そんな話を聞くのは俺には毒だ」「なんだかわけがありそうだね。誰かを探しているのかい」「老いすがれた女を見れば、誰でも俺のおっかあと見える。もう一年も探してるのにまだ会えねえ」「あの水熊のおかみさんは私と仲が良かったころ、国に置いてきた子供のことをよく話していたもんだ」「その国ってのはどこだい」「確か江州とか言ってたねえ」「江州?」

「大昔の話なんだからね。もうあの人は子供のことなんて思いだしもしないだろう」「女親ってものはそんなもんじゃねえ」「昔は姉妹同然だったけど、このごろは道で会っても顔を背けやがる。今日だって虫けらみたいにおっぽりだされた。人間なんて月日がたてばダメなもんだねえ」「親子は別のもの。何十年たって親子じゃねえか。流れる血は同じなんだ。そんなことはありゃしねえよ」

「じゃあ、お前さん、水熊を訪ねてみるといい」「ただ江州と聞いただけじゃ無理だよ」「あああ、私も倅が恋しくなった。久しぶりに墓参りに行ってこう」おとらに一両を渡す忠太郎。「線香と花でも買ってやってくれよ」「これは小判」「俺は見て通りのやくざだ。汗をかいて稼いだ金じゃない。博奕場の賽の目勝負で転がり込んだあぶく銭だ。なあ、なろうとこなら、海苔売りでもして暮らしてくれ。死んだ息子が安心するぜ」うんうんと頷くおとら。

忠太郎は意を決して、おはまと会う。「何か用かい」「おかみさん。当たって砕けろで言いやが、あっしくらいの子供を持った覚えがござんせんでしょうか」「……」「所は江州、坂田郡、杉針峠の山の宿場で番場というところがあります」「番場の宿ならよく知っているが、それがどうした」「沖永屋忠兵衛という六代続いた旅籠屋があります」

「私はそこに若い時かたづいたことがある。お前はいったい誰なんだい」「へい。忠太郎でございます」「なんだって。忠太郎だって」「へい」「私には生き別れした忠太郎って子はあったが、もう亡くなったよ」「いえ、あっしがその忠太郎なんです」「確かに私は番場で忠太郎って子は産んだよ。だが私はその子が五つの時に、私はそこを出てしまったんだ」

「聞いております。おっかさんが家を出た時、親父の身持ちはよくなかった、と」「私は江戸に出て、江州の空の方を見て泣き暮らしたもんだ」「ああ、よかった。よかった。生みの母の面影を思い出そうとしたが、顔にとんと覚えがねえ。なんて馬鹿な男と自分を責めているうち、おっかあ、あっしも二十五になりやした」

「お前はあっしが産んだ忠太郎じゃないよ」「じゃあ、あっしは何なんで」「そばにお寄りになるなよ。あたしの忠太郎は九つの時にはやり病で死んだと聞いた」「確かにあっしは九つの時、大病しやした。でも忠太郎はこの通り生きているんです」「もうお帰り。あんたは金が欲しいんだろう」「あっしをゼニ貰いだと思うんですか」

「そうじゃなくて何だい」「違う。しがねえ姿をしていても、忠太郎は不自由してねえんでございます」百両を見せる忠太郎。「おっかさんが貧乏な暮らしをしてちゃいけえねと、この百両は何があっても手もつけずにいたんです」「……」「見れば立派な大所帯。用心深くなるのはわかりやすが、我が子をつかまえてゼニ貰いとは恨みに思いますよ、おっかさん」

「恨みたくなるのはこっちのほうだよ。娘を楽しみに毎日暮らしているところに、忠太郎は生きていますと、お前は波風を立てに来たのかい」「そりゃひでえよ、おっかさん」「お前の心はわかっている。うちの身代に目をつけて乗っ取る魂胆なんだろう」「……」「世間の裏も表もさんざん見てきた私だ。そんなことがわからないわけないだろう」「ひどい」

涙する忠太郎に思わず手を差し伸べようとするおはま。涙をふきキッとなって聞く忠太郎。「改めて念を押します。江州番場の忠太郎に覚えはねえんですね。その忠太郎があっしじゃねえとおっしゃるんですね」「そう。そうだよ」「親の心子知らずなんて、人は言うが、俺にはそれが逆さまだ」「……」

「おかみさんは穏やかに暮らしてえんだ。そこに水も油も差してもらいたくねえんだ」「親がわが子を思わないものはない。だがわが子によりけりだ。忠太郎さん、お前親を探しているなら、なぜカタギでいなかった」「おかみさん、親にはぐれた小僧っ子がグレたのを叱るのは少し無理があるんじゃないですか」「……」

「カタギになったとしても、誰か喜んでくれる人がいるんですか。ははははは。また旅人に逆戻り。おかみさん、二度と忠太郎は参りはしません。俺も馬鹿だよ。瞼を合わせれば思い浮かべることができたおっかさんをわざわざここで消してしまったよ」

出ていく忠太郎とすれ違うお登世は、おはまに今の人は誰なのと聞く。「江州の兄さんじゃないの」「……」「そうでしょう」「ええ」「兄さんなら、なぜ帰したの」「思いがけぬ忠太郎が名乗ってきて、初めのうちは、騙りと思って用心し、中頃はここの身代目当てと疑いが起こり、しまいにはお前の行く末の邪魔になると思い込んで」「うちの身代なんか。同じおっかさんの乳を飲んで育った兄妹じゃありませんか」「お登世。店の者を指図して、早く忠太郎を呼び戻しておくれ」

夜道を歩く忠太郎の前に現れる金五郎と要助。「てめえたちのツラには見覚えがある。何の用でござんすか」「てめえの命を貰うんでえ」「今夜の俺には逆らわないほうがいいぜ」「おう、あれを見ろ」忠太郎の前に現れる飯岡の助五郎一家。取り囲まれた忠太郎は質問する。「お前たちに親はあるのか」「親だと。そんなものあるかい」「子供は?」「……」「ねえんだな」「……」「ねえんだな」助五郎一家と金五郎と要助を皆殺しにする忠太郎。

忠太郎を探しに出て、兄さん、と叫ぶお登世。木陰に隠れて耳を塞ぐ忠太郎。「なんだかこのあたりに忠太郎兄さんがいるような気がする」忠太郎に兄さん、と叫ぶお登世。忠太郎と叫ぶおはま。はっとする忠太郎。しかし兇状もちの兄がいては、妹のためにならないと考えた忠太郎は名乗りでることをやめて、おはまたちが去っていくのを涙を流しながら待つのであった。