男はつらいよ 寅次郎恋歌 | ロロモ文庫

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葛飾柴又の団子屋とらやに泣きながら帰ってくるさくらにどうしたんだと聞く、さくらの叔父でとらやの経営者の竜造と竜造の妻のつね。「今、八百万さんで買い物してたの。そしたら奥の部屋でおかみさんが子供叱ってるの。あんまり勉強しない寅さんみたいになっちゃうよって」つねに八百万で野菜買うなと言う竜造。「当たり前だよ。こっちは古いつきあいだから無理して買っているんだ」八百万さんは悪くないわというさくら。「誰だって子供にお兄ちゃんみたいな人間になりなさいって言うわけいかないもんね。でもさ、お兄ちゃん何一つ悪くないのよ。なのにどうしてそんなに馬鹿にされなきゃいけないのな」

そこに戻ってくるさくらの兄の寅次郎。竜造たちはよく帰ってきたと言うが、寅次郎は俺はそんなに歓迎される人物かねと言う。「なんだか変な田舎芝居しやがって。俺は裏の印刷工場でも行ってくるよ」いやだいやだと呟くる竜造。「俺はもう寝るよ。まくら、そこのさくらを取ってくれ。いや、違った。さくら、まくらだ」印刷工場に行って、寅次郎は若い工員をからかおうとするが、印刷仕立てのチラシで顔を拭いて、顔をインキまみれにして、若い工員たちに笑われる。

夜になって、酔っぱらって浮浪者を連れてとらやに戻ってくる寅次郎。「おい、ビールでも持ってこい。さくら」浮浪者たちにビールをつぐさくら。「こいつらは昔の知り合いで日暮里の焼き鳥屋でばったり会っちゃって、俺、金ないもんだから、ご馳走になっちゃって」「どうもすいませんでした」「おい、いい妹だろう。普通すいませんでしたなんて言えないよ。ちゃんと女学校ででんだ。歌もうまいんだ。ちょっと歌ってみろよ」

歌わなくていいぞ、と怒鳴る竜造。「お前は芸者じゃないんだ」「うるせえ。黙っていろ。この糞じじい」立ち上がって、「母さんが夜なべをして、手袋編んでくれた」と「かあさんの歌」を朗々と歌うさくら。立ち上がる寅次郎。「兄ちゃん、どこ行くの」「さくら。すまなかったな。おいちゃんたちに謝ってくれや」とらやを出ていく寅次郎。

さくらの夫の博の母が危篤になったという電報が届き、急いで岡山の田舎に行く博とさくら。しかし博の母は既に死んでいた。そして葬儀に寅次郎が現われ驚くさくら。「兄ちゃん、どうして」「いや、俺は岡山でバイで来てて、おいちゃんのところに電話したら、ここで葬式やっていると聞いたから」寅次郎は墓の前で記念写真を撮る時に、はい、笑ってと言ってしまう。青ざめるさくら。「何言ってるのよ。お墓の前で」「ああ、すいませんでしたね。じゃあ、もう一度、はい、泣いて」「……」

この家を処分して、うちに来ませんかという博の兄の毅に対し、わしはここで暮らすつもりだと言う博の父の諏訪。「一人でですか」「生門寺の古文書を調べているんだが、これがなかなか面白くてな。とにかく、ここは私が育った家だったからな」母さんはよくやってくれたよな、という毅。「日本女性の鏡でしたよね、父さん」「うん。あれは何と言うか欲望の少ない女だったな」「人間の欲望にキリがないからな。それなのに母さんはあれこれ言わなかった」「それがあれの取り柄だったからな」「まあ、母さんは幸せだったよな」

本気でそんなこと思っているんですか、と言う博。「母さんが幸せだったってことを。よく言えるな。そんなこと」「博。今日は母さんの葬式の日だぞ」「葬式の日だからこそ言いたいんだ。お母さんが欲望がなかったなんて嘘です。お母さんは僕が子供の時、私の夢は大きな船に乗って外国に行くことだと言いました。そして華やかな舞踏会でダンスを踊ることだった、と。でも、父さんと結婚した時から、そんな夢はあきらめたのよ、って言いました。お母さんだって華やかな暮らしをしたかったんだ」

「もうよせ。大学にも行かないで、母さんを一番心配させたくせに」「だから、俺は一軒家を持ったら、母さんを連れて来て東京の暮らしを味あわせてやりたかったんだ。でも、できなかったんだ。大学行けなかったのが何故いけないんだ」「博。お前の気持ちもわからんでもない。でも、お母さんが不幸だったと言うのは言い過ぎだぞ。死ぬ間際に俺に何も思い残すことはないと言ったんだぞ」「お母さんは死ぬ間際まで嘘をついてたんだなあ」「嘘。お前は、何を根拠にそんなことを言うんだ」「お母さんが本気でそう思ってたとしたら、もっと可哀相だよ。そうじゃないか。父さんの女中みたいな一生を本気で幸せと思っていたとしたら」

とらやに戻ったさくらは、諏訪にお世話になりましたと電話するが、寅次郎が出るのでびっくりする。「どうしてそんなところにいるの」「いや、俺が商売の帰りによると、一人でションボリしてるだろう。俺は年寄りを慰めてやっているんだよ」酒を酌み交わす寅次郎と諏訪。「寅次郎君。旅の暮らしは楽しいかね」「ええ、なんて言ったって、これはやめられませんねえ。実は明日あたり旅に出ようかと思ってたんで」「そうか。それは寂しいなあ。いや、いろいろお世話になった」「いや、女房子供がいないから身軽でいいんですよ」

あれは十年前だった、と言う諏訪。「私は信州の安曇野というところに旅をした。そして田舎道を一人で歩いている時、日が暮れてしまい、心細くなった。すると目の前にぽつんと一軒家の農家が立っているんだ。りんどうの花が庭いっぱいに咲いていてね。茶の間で家族がにぎやかに食事をしているのが見える。私は今でもその情景を思い出すことができる。私はあれが本当の人間の生活だと思ったら、急に涙が出てきてね。人間は絶対に一人じゃ生きていけない。人間は人間の運命に逆らっちゃいけない。そこに早く気づかないと不幸な一生を送ることになる。わかるね、寅次郎君」「へえ。わかります。よく、わかります」翌朝、書置きを残して、諏訪の元を去る寅次郎。

とらやに挨拶に来る貴子。「このたび喫茶店を開業しました。どうぞよろしくお願いします」貴子が帰り、寅次郎がいなくてよかった、と呟く竜造。「いつもなら、こういうころでいつも帰ってくるんだよ」そして戻ってくる寅次郎。「俺は反省してね。考えてみると、俺は運命に逆らって生きてきたものよ」

夜になり、りんどうの花の咲く庭のある農家の話をする寅次郎。「そこには家族がいて、楽しげに夕食するんだ。これが本当の人間の生活というものじゃないかね」そうですね、という博。とってもいいこと言うわ、お兄ちゃんと寅次郎をほめるさくら。「俺もいろいろ考えたんだよ」

親子で晩御飯食べただけでなんでそんなに感心するんだい、というつね。「わかってないなあ。これだから教養のない人はいやなんだよ、なあ博君」兄さんの言いたいのは平凡な人間の営みに幸せがあるということでしょう、という博。「俺も運命に逆らって生きてきたものよ」「そうかねえ。俺はそうは見えないけどね」「で、要するにこれからどうしたいんだい、寅さんは」「わからないかなあ、さくら、お前ならわかるだろう」

つまり結婚したいってこと、と言うさくら。「え、そんなはっきり言われると困っちゃうがね。そりゃあ俺も年だし稼ぎもいい。まともな嫁さんを貰えないことはわかってる。いっそこぶつきでもいいと思ってるんだ。うるせえガキよりも、小学校三年生くらいの利口そうな男の子だったらいいなあ。親と子があって、人間の理想の生活は成り立つんだからね。どうだろう、おいちゃん。そんな人いないかねえ」「絶対いないな」「絶対だなんて、なんでそんなことが言えるんだよ。ああ、明日は何かいいことありそうだなあ」

翌日、寺の境内で子供がしゃがんでいるのを見かける寅次郎。「どうした、家に帰らないとお母さんが心配するぞ」そこに、学、と言いながら現れる貴子。目をぱちくりさせる寅次郎。「お母さんですか」「ええ。転校したばかりで学校になじめなくて」「最近、越されたんですか」「ええ、静かでいいところですわね」「それじゃまた」誰なんだよ、とふらふらしながら帰ってくる寅次郎を見て、寅次郎が貴子と会ったことを確信する竜造。翌日、寅次郎は貴子の喫茶店に入る。ますますふらふらしてとらやに戻る寅次郎。「お兄ちゃん、気分悪いの」「うん、そうだな。横になろうかな。まくら、さくらを出してくれ」

俺は人の奥さんに懸想するほど馬鹿じゃない、と寅次郎はさくらに言うが、とらやに貴子が学を連れて団子を買いに来たのを知って、すぐに顔を出す。「まあ、ここの家の方だったんですか。いつもお世話になっていて」「いえ。田舎者なんで、大したことはできません。坊や、ちゃんと学校に行ってるかい」「……」「まあ、返事もしないで。すいません、内気なもんで。じゃあまた店にでも来てください」「あの、坊やのお父さんによろしく」「実は主人は三年ばかり前に亡くなりまして。それじゃあ、ごめんくださいまし」

寅次郎は一人ぼっちにしている学を見かける。「なんだ。お前、あの悪がきどもと一緒に遊んでもらえないのか」「うん」「よし、おじちゃんが面白い遊びを教えてやる」寺から饅頭をかっぱらって学と一緒に逃げる寅次郎。その後を追う悪がきたち。河原で泥んこになって遊ぶ学と悪がきたち。

悪がきたちを貴子の店に連れてくる学。とらやに行き、寅次郎に感謝する貴子。「あの子の内向的な性格は片親のせいだろうと半ばあきらめていたんです。だからあの子が泥だらけになって帰ってきて、寅さんと遊んだ、と聞いたとき、もうびっくりしまして。あの子のあんな愉快な顔初めてみたんです。おまけにいっぺんに友達が三人もできて」「それはよかったですねえ」「寅さん。これからもあの子と一緒に遊んでやってくださいね」「そんなことならお安い御用ですよ。こっちは一年中遊んでいるようなもんですからねえ」

突如、とらやに現れる諏訪。大学では何が専門なんですかと諏訪に聞く竜造。「インドの古代哲学です」「はあ、インドですか。大変ですねえ」「寅次郎君は元気ですか」「ええ、元気で、家でゴロゴロしてますよ。旅先で妙なことを聞きかじって、庭先でりんどうの花が咲いていて、家族が仲良く食事をしているなどと、くだらないことを口走りやがって。どこの誰が吹き込んだんでしょうね」「実は私がその話をしたんです」「はあ、そうですか」

そこに寅次郎が現われ、先生元気かいと話しかける。息子の光男を連れて現れる博とさくら。「おお、先生、これが孫の光男だよ。仏頂面しないで抱いてあげなさいよ、光男、おじいちゃんだぞ。怖い顔しているけど、本当はいい人なんだ。ほら、おじいちゃん、笑った」光男を抱きあげ相好を崩す諏訪。

結局、お父さん何しに来られたのかしら、と博に聞くさくら。「大学に用事があるって言ってたじゃないか」「でも、それは口実じゃないかしら」「なぜ」「本当は博さんと暮らしたいんじゃないの。やっぱり一人暮らしは寂しいのよ。なんとなくそんな気がしたわ」「そんなこと言ったって、親父をこのアパートに呼べるわけじゃないし、俺たちが岡山に帰るなんてことができるか」「……」「できないだろう」

寅次郎は貴子の店に足しげく通うようになるが、貴子が店の保証金問題で頭を痛めていることを知る。貴子の家にりんどうの花を持って現れる寅次郎。「何か御用でも」「いえ。さっき夜店をぶらついてましたら、こんなのが目に入りましてね」「まあ、りんどうの花ね。私、この花大好きなのよ」「それはようござんした」

「あの、どうかなさいました」「あの、何か困っていることがございませんか」「は」「どうせ私のことですから大したことはできませんが、片腕片足ぐらいならどうってことはありません。どうぞ言ってください。どっかに気に入らねえ奴がいるんじゃねえですか」「ありがとう。本当にありがとう」

涙する貴子。「そりゃあ困ることはありますけどね。私一人の力で何とか解決できると思うの」「……」「でも、寅さんの気持ち、本当に嬉しいわ」「へへ。いい月夜でございますね」「寅さんも旅先でこんな月夜見ながら柴又のことを思い出すことがあるんでしょうね」「ありますよ」「いいですねえ。旅の暮らしって」「好きで飛び込んだ稼業ですから、愚痴は言えませんが、傍目で見るほど楽なもんじゃありませんよ」

「たとえば」「たとえばですね、夕暮れ時、田舎のあぜ道を一人で歩いていたんです。りんどうの花が農家の庭にいっぱい咲きこぼれて、親子が水入らずの晩飯を食っているんです。そんな姿を垣根越しに見た時、ああこれが本当の人間の生活じゃないかな、とそんなことを思ったりして」「わかるわ。そんな時は寂しいでしょうね」

「ええ、仕方ないから、駅前の飲み屋で無愛想な女相手に、一杯ひっかけましてね。商人宿のせんべい布団にひっくるんでも眠れない。夜汽車の音がぽーと耳に響きましてね。朝、下駄の音で目が覚めて、あれ、俺、いったいどこにいるんだろう、ここは高知か、今頃柴又でさくらやおばちゃんが味噌汁の具を刻んでいるんだな、と思うんです」「いいわね。私もそんな旅をしてみたいわ。女学生の時、好きな人と旅することを夢見てたのよ。いいなあ、何もかも捨てて旅に出たいわ、ねえ、寅さん」「そうですねえ」

「寅さん、また旅に行くの」「そうですねえ」「いつごろ」「いつごろでしょうか。ある日ふらっと出ていくんです」「うらやましいわあ。一緒に行きたいなあ」「そうですかねえ。そんなうらやましがられるもんじゃないんですがねえ」貴子が大家に家賃の振込を約束する電話をしている間に、姿を消す寅次郎。

さくらに旅に出るという寅次郎。「どうして行くの」「俺みたいな馬鹿でも、潮時ってのはわかってるさ」「……」「さくら。兄ちゃんのこんな暮らしが羨ましいか。そんなこと思ったことあるかい」「あるわ。一度は兄ちゃんと交替して、あたしのこと心配させてやりたいわ」「そうか。さくら。すまねえ」「お兄ちゃん」風の中を消えていく寅次郎なのであった。