平田勝男ベスト10 | ロロモ文庫

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平田勝男は長崎海星高に進学し、2年生で遊撃手のレギュラーとなり、1年先輩のエース酒井圭一を擁して1976年夏の甲子園大会に出場し、準決勝に進みますが、PL学園に延長11回の熱戦の末に敗れ、翌1977年にも主将として春の選抜に出場し、くじを引き当てて開会式の選手宣誓を行い、2回戦(初戦)で、隼優勝した中村高に敗退します。

卒業後は明治大に進み、東京六大学野球リーグでは在学中4回優勝し、リーグ通算83試合で307打数96安打、打率3割1分3厘、2本塁打、39打点、ベストナイン4回で、1981年のドラフト2位で横浜戦と阪神タイガースの重複指名の結果、クジを引き当てた阪神に入団します。

1984年には規定打席に達し、同年から1987年まで遊撃手でダイヤモンドクラブ賞・ゴールデンクラブ賞を獲得して、守備の名手として活躍し、阪神が21年ぶりのセ・リーグ制覇、そして初の日本一に輝いた1985年には打撃も好調を維持し、7番打者ながら50打点以上を記録し、同年10月10日のヤクルト戦でプロ初・野球人生初の満塁本塁打を放ち、同年の西武との日本シリーズでは、第1戦に3安打、通算22打数7安打1打点とチーム日本一に貢献します。

1988年以降は控えとなり、出場試合数が100試合を切りますが、守備力とバントの技術で貴重な控えとして貢献し、1994年に現役引退し、通算979試合に出場して、2割5分8厘23本塁打220打点19盗塁をマークしたわけです。

10位は40試合に出場し1割6分7厘0本塁打6打点3盗塁をマークした1992年。9位は44試合に出場し2割6分5厘0本塁打2打点0盗塁をマークした1991年。8位は89試合に出場し1割3分7厘0本塁打6打点1盗塁をマークした1989年。7位は60試合に出場し3割4分7厘0本塁打10打点0盗塁をマークした1990年。6位は90試合に出場し2割8分3厘0本塁打16打点0盗塁をマークした1988年。

5位は100試合に出場し2割5分0厘2本塁打28打点1盗塁をマークした1983年。4位は126試合に出場し2割6分1厘3本塁打21打点3盗塁をマークした1987年。3位は124試合に出場し2割6分7厘5本塁打33打点1盗塁をマークした1986年。2位は128試合に出場し2割6分8厘6本塁打41打点2盗塁をマークした1984年。1位は125試合に出場し2割6分1厘7本塁打53打点6盗塁をマークした1985年となるわけです。