作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(387)」 | ロロモ文庫

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過去との訣別(後)

「いやあ、甘鯛は旨いねえ」「刺身にしてよし。焼いてよし。煮てよし。何にしてもよしだ」「魚もいいが、料理人の腕もいいんだよ」「本日はありがとうございました。勉強させていただきました」「おう、立村さん、楽しませてもらいましたよ」

ふふんと鼻で笑う東都放送の編集局長の土垣。「言うまいと思うたが、言わずにはおれん。関東の人間は甘鯛の料理法を知らんな」「え。と申しますと」「関西では甘鯛がグジと言うて、京都では最高の材料とされとる。京料理の甘鯛の料理法は精緻を極めたもんや。甘鯛の旨味を完全に引き出す。それに比べると、今日の甘鯛の料理はちょっと感心せんな」

反論する立村。「お言葉でございますが、お客様が京都で召しあがった甘鯛と、今日召しあがって頂いた甘鯛とでは種類が違います。甘鯛には赤甘鯛と白甘鯛と黄甘鯛の三種がございまして、京都の一流料亭で使うのは赤甘鯛でこれが一番美味しゅうございます。本日の甘鯛は赤甘鯛はなく、ほとんどが白甘鯛で若干黄甘鯛が混じっております」

「なんやと。今日の料理の味が劣るのは甘鯛のせいやと言うんか。そんなら、これは何や」「え。焼き物が何か」「皮をよく見てみい。うろこはどうした」「うろこ?お口に障るといけないから剥しましたが」「ドアホ。甘鯛が上手に焼くと、うろこも旨いんや。そのうろこを剥して焼いて、どうすんのや」「さ、左様でございますか。では焼き直してまいります」

呟く山岡。「立村さん、土垣さんを満足させるように焼けないだろうな」「山岡さん、どう焼けばいいのか知ってるのね」「どうして教えてあげないんですか」「いや。立村さんの胎を見るのにいい機会じゃないか」「え」

「一応焼いてみましたが」「何やこれは。うろこが逆立って、まるで開いたマツカサやないか。こんなもんが食えるか」「……」「甘鯛の若狭焼きを知らんのか」「申し訳ありません。存じません」「ち。甘鯛のうろこの旨さも甘鯛の焼き方を知らんくせに、赤甘鯛やないから旨うないとは、ようも言うたな。まあええ。私も田舎もんの料理人相手に本気出すとは大人気なかった」

「よくはありません」「ええ言うとるんじゃ」「よくはありません。この償いをさせてください。甘鯛の焼き方を勉強してまいります。それからもう一度、皆さまに甘鯛の焼き物を召しあがって頂こうと思います」「ぬうう。人がもうええ言うてやっとんのに楯突く気か。勉強でもなんでもしてこい。その代わり、今度また変な物を食わせよったら、タダじゃすまんで」

山岡に迷惑をかけたと詫びる立村。「釣友会の皆さんには、今日の償いをさせて頂きます。しかし山岡さんにはどうしたら償いができるでしょうか。私を今日の料理人に選んだことで、立場を失われたでしょう」「むう。立村さんは男気があると見た。大勢の中で恥をかかされながらも、やり直させてくれと言う態度は堂々としている」「いえ」「俺と一緒に若狭に行こう」

若狭・小浜港で、京都「平八茶屋」の主人の園部を立村に紹介する山岡。「若狭焼きを教えてくれることになっている」「昔から若狭で獲れたグジやサバはここで塩にして、山を越えて京都に運んだんです。その一塩もののグジを京都では料理に使うんです」「獲れてすぐのものより、一塩のものの方が身が締まってるし、蛋白質も分解して味もいい」「この間は釣ったばかりの甘鯛を焼いたから」

平八茶屋で若狭焼きを立村に教える園部。「赤甘鯛の800グラムから1キロ。これくらいが一番旨い。普通魚を焼く時はうろこを取りますが、若狭焼きの場合は、うろこをつけたまま焼きます」「でも、うろこが逆立って、マツボックリの開いたものみたいになってしまって」「コツがあるんです。強火の遠火でじんわりと役。と一口で言っても簡単に出来ない。まあ、やってみてください」

園部は完璧な若狭焼きを仕上げるが、立村はうろこを逆立たせてしまう。「ま、そんなに簡単にできたら困ります」「ゆう子さん。必ず今日中に焼けるようになってみせます。そうしたら結婚してください」「え」「難しいからこそ、やってみるんです。ゆう子さん、いいですね」「そ、それは」「ゆう子、別の部屋で待っていよう」

ゆう子にお前の過去を立村に話したと言う団。「え、どうして」「お前が怒るのも当然だ。しかしこうでもしないと事態は進まない」「ひどいわ」「山岡さんの言う通り、お前の過去を知って離れていくなら、それまでの男だ」「さっき、立村さんは結婚してくれって言ったわ」「ゆう子さん、やったぞ、見てくれ」「凄い。立派な若狭焼きだ」「ゆう子さん、わかってください、どんな問題が起こっても、僕はこんな具合に片づけてみせる。何も心配いらない」「立村さん」

東西新聞築地寮で若狭焼きを披露する立村。「これが若狭焼きか」「パリパリサクサク香ばしくて」「皮の裏の脂がたまらん」「むう、これは本物。身がしっとり締まって、甘味があって」「この味は赤甘鯛の一塩物でないと出ません」「うむ、その通りや」「私もこの若狭焼きを焼く技術もありませんでした」「うむ、見事や。会員の皆さん、立村さんが早く独立して自分の店を出せるように、我々釣友会は立村後援会になることを提案します」「異議なし」

栗田にプロポーズする山岡。承諾する栗田。「山岡さん。受けるわよ」