作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(385)」 | ロロモ文庫

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敗北宣言

サルモネラ菌による食中毒で東都大学病院に入院する山岡。「若いのにこんなに症状が重篤なのは珍しい。体が弱って抵抗力が落ちていたからじゃないでしょうか」「暴飲暴食をしていたからだわ」「今日、明日が山でしょう」「そんな」

「究極のメニューの担当者が食中毒で死んだら、洒落にならない」「お医者さんは家族の方に知らせるようにと仰るんですが」「山岡の家族と言うと」「海原雄山」「会いに来るかしら」「しかし知らせないわけにはいくまい」「私、やってみます」

海原に病院に行ってくれと頼む中川とチヨ。「ゆう子ちゃんの話では、最悪のことを覚悟しなければと。一目、士郎さんにお会いになってください」「いったん、縁を切った人間が死のうと生きようと私には何の関心もない。人間は皆死ぬものだ」「先生」「士郎のことは、これ以上聞きたくない」

谷村と富井に聞く大原。「山岡はまだ昏睡から醒めんのか」「もう一日半経ちますが、依然として危険な状態が続いております」「何しろ家族がいないもんですから、栗田君が付き添ってやっています」「サルモネラ菌による中毒では、最近海外で死者が増加しているらしい。覚悟せんといかんかもしれんな」

「中川」「はい」「東都大学病院長の武本教授が美食倶楽部の入会を希望していたな。どんな人間か見てやろう。車を出せ」「は、はい」武本に会員になってもらおうと言う海原。「会員に教授がいれば、私もいざという時に安心」「お任せください。海原先生のお体は私どもが預からせていただきます」「むう。お宅の入院設備は整っているのかな」「世界的水準を超えてます」「むう。この目で確かめんと信用できん。見学させていただこう」

「あ、海原雄山が」「山岡さんを心配して来てくれたのね」「栗田さん、おチヨさん。海原先生が」「ま、先生」「海原さん、ありがとうございます。さあ入ってください」「ぬ、ぬう。私は病院の見学に来たのだ。縁もゆかりもない人間の病室をのぞく趣味はない」「そ、そんな」「いや、武本教授。なかなか立派な施設だ。これなら安心」「おほめ頂いて恐縮です」「海原さん、待ってください。山岡さんはまだ昏睡してます。でも大丈夫です。必ず治してみせます」「ぬ。お前は医者か?」「病気を治すのはお医者さんの力ではありません。お医者さん以上の力です」

神に祈る栗田。「お願い。山岡さんを助けて」屁をする山岡。「ああ、よく寝た」「士郎さん」「栗田さん、おチヨ。何だよ、人の家の勝手に入り込んで」山岡に抱きつく栗田。「よかった。山岡さん」

倒れる前日にいろいろ食べたと医者に言う山岡。「朝はパン、目玉焼き、ソーセージ。昼は親子丼。夜は大学の同級生と居酒屋でたらふく飲み食いして、最後は卵かけご飯」「卵を随分食べてますんね」「あ」「最近、海外で鶏卵が原因で起こるサルモネラ中毒が多いんです。サルモネラ菌に汚染された鶏が産んだ卵に菌が入って、それで中毒するんです」「日本の卵は大丈夫なんでしょうか」

「今のところ大丈夫らしいが、日本も海外から鶏のヒナを輸入している。もしサルモネラ菌に汚染されたヒナが入ってきたら大変なことになる。でもサルモネラ菌は熱に弱いから、加熱すれば大丈夫です」「でも固ゆでの卵なんて嫌だし、目玉焼きも黄身が生でなけりゃ美味しくない。卵は値段が安いし、栄養も豊富。大事な基礎食品だよ。それが危なくなったりしたら大変だよ」「まあ、原因はともかく、あなたは不摂生で体が弱っていたから、こんなに症状が重かったんです」「む」

「ああ、一人でいるから不摂生な生活をするのよ。私は生きた気がしないよ。士郎さん、土下座して、ゆう子ちゃんにお願いするのよ、お嫁さんになってくださいって」「ぬ、ぬう。ああ腹が減った。もう何か食べていいでしょう。毎日、流動食ばっかりで胃が変になりそうだ」「いいでしょう、しかし急に重いものから始めないように」「ありがたい、おチヨ、何か作ってくれ」「じゃ、ゆう子ちゃん、お願い」「はい」

「はい。巣ごもり卵風ブレッド・スープ」「むう。この間、言論改新会の朝食会で作ったブレッド・スープとはひと味違う。パンはトーストされたから香ばしくなった上に歯ごたえもよくなり、黄身はほとんど生だが、熱が加わった分、味は濃くなっている。牛の骨と赤身と野菜で作ったスープは澄んでいるが、味は濃厚。ああ、実に地味で見栄えのしない料理だが、慈愛に満ちた味が五臓六腑に染み渡る」

「先生も奥様に同じようなことを仰ってたわ」「え」「先生がお仕事のし過ぎで弱っておられる時に、奥様がパンをトーストし、黄身を巣ごもり卵風にしたこのブレッド・スープをお作りになったの。ゆう子ちゃんには奥様のお料理をみんなお教えしておきましたからね。先生と奥様がどんなに素晴らしい夫婦だったか。ゆう子ちゃんにお料理を作ってもらえばわかりますよ」「ぬ、ぬう」

そこに現れる団と近城と二木。「今日はお見舞いがてら大事な用件があって来たんだ。僕は栗田さんへの結婚を取り下げる」「僕も取り下げる」「私も山岡さんと結婚するのを諦めるわ」「これは僕たちの敗北宣言だ。前からわかってたんだが、今度のことではっきりと悟った」「つきっきりで山岡さんを看病する栗田さんの姿は美しかったよ」「私たちの負けだわ」「ではこれで。あとは君たち二人の問題だ」「じゃあね」