作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(369)」 | ロロモ文庫

ロロモ文庫

いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

意外な漬け物

ニューヨーク支局に異動になる同期の井辺から相談したいことがあると言われる山岡。「栗田さんも付き合ってくれないか。究極のメニューの担当者としての君の力を借りたいんだ」「むう。すると相談とは食い物のことか」

そこに現れる二木。「紹介するわ。こちら、私の大学の同級生の里内恵子。外資系の広告代理店に勤めているの。恵子が私に相談を持ち込んだけど、私に手に負えないから山岡さんに助けてもらおうと思って。究極のメニューの担当者としての力量にすがりたいのよ」「はて。井辺となんだか似たことを」

岡星に行く山岡と栗田と二木と井辺と里内。「へえ、里内さんもニューヨークに転勤なの」「広告主として新しく掴んだ日本の会社が、アメリカで広告活動をするための要員として選ばれたんです」「でも、これから何年アメリカ勤務するの?あまり長く日本を離れていたら、婚期を逃しちゃうじゃない」「心配無用。私は日本の男なんかとは結婚する気は全くないんだから」「え」

日本人の男は最低だと言う里内。「第一にほとんどの男が母親に甘やかされて育っているから、強度のマザーコンプレックスの塊。会社と言う集団の中で支えられていると自信ありげだけど、個人になるとひ弱で卑屈で何も出来ない。女性蔑視、男性優位の古臭い封建思想が骨まで染み込んでいて、女性の能力を認めようとしない」

「本音と建前が違うから、外では柔和で物分かりがいいくせに、家では暴君になる。お酒を飲んでも文化的な話なんか一切出来ず、会社の話ばかりで死ぬほど退屈。乱暴に振る舞えば男らしいと錯覚してるから立ち居振る舞い、口の利き方が粗野で下品。要するに日本の男は国際的には三流か四流。何の魅力もない。結婚の相手としては最低ね」

日本の女と結婚したくないと反論する井辺。「日本の女は精神性がない。物と金しか価値を見出せないんだ。そのいい証拠に結婚相手の条件が高学歴、高収入、高身長だと言う。相手の男の中味なんかどうでもいいんだ。浅ましいね。だから話して死ぬほど退屈な相手は日本の女だよ。テレビと芸能界の話、他人の噂話、それも主に悪口。日本の女に文化的な話題なんて無理だ」

「それに社会性がない。社会の一員として守るべき義務や規則を無視する。他人の迷惑にはかまわず、自分が今したいことをする。女の自動車の運転を見ればわかる。女性の権利を主張するけど、自分の義務を果たさなければならなくなったり困ったりすると、甘えて誤魔化す。自分の価値を確立してないから、ブランド商品を有難がり、流行に振り回され、みんなと同じものを身に着け、同じ化粧をする。虚栄と俗物根性の塊だよ。そんな日本の女と結婚したくないね」

「日本の女をそんなふうにしたのは、日本の男の責任よ」「日本の男を君の言うようにしたのは、日本の女の責任だよ」「まあまあ、二人とも何か相談があったんじゃないの」「そうだった。こんな議論をしに来たんじゃないよ」「ちょっと箸休めに」

「あら、お寿司。上に乗っているのは?」「どうぞ、お召し上がりください」「白いのは大根」「赤いのは人参」「大根と人参を糠漬けにし、その薄切りを寿司ネタに握りました」「漬け物のお寿司とはさっぱりしていいね」「これよ。これは私の悩みなのよ」「僕が相談に乗ってもらいたいのはこのことなんだよ」

悩みと相談を打ち明ける里内と井辺。「私、日本の男と結婚したくないけど、日本食とは別れられないの。特にお漬物が無かったらダメなの」「僕も日本の女と結婚したくないけど、日本食から離れられないんだよ。漬け物のない日本食なんて日本食じゃない」

「ニューヨークは日本食品を売る店が揃っているから心配いらないよ」「それが間違い。私、何度かニューヨークに行って知っているの」「僕も何度か行ったけど、漬け物はほとんどが日本から送られて来る大量の化学調味料の入った真空袋詰めの出来合いのものだった」「お漬物にする材料も少ないのよ。中華街に行けば大根や白菜があるけど、日本のようなキュウリやナスはない」

「キュウリもナスもやたら大きくて、身が締まってて味がない。糠漬けにしても日本のものとは味が全然違う」「大根だって日本のみたいに瑞々しくて甘いものはないわ。白菜だって日本のと微妙に味が違うわ。美味しいお漬物が食べられなかったら、私、ニューヨークにいられないわ」「どうすりゃニューヨークで美味しい漬け物を食べられるか、考えてくれよ、山岡」「ぬう」

そんなことがあったのかと二木に言う近城。「漬け物はともかく、日本の男が三流、四流だから結婚しないと言うのは非常にいいね」「何言ってるの。あなただって日本の男じゃない」「里内さんが言ってる日本の男ってのは、一般的サラリーマンのことだよ。僕たち一匹狼の自由業の男じゃない。だから里内さんの意見は僕の為に非常に役に立つ」「どうして」

「僕たち一匹狼は平均的な日本の男よりずっと魅力的なことを証明する。里内さんのためにニューヨークで美味しい漬け物を食べられる方法を僕が探し出す。すると僕に感謝して、日本の男がみんな近城さんみたいならいいのに、と言う。それを栗田さんが聞けば、僕こそ結婚すべき相手だと悟るはずだ」「でも山岡さんも恵子のために何か考えるわ。他のことならともかく、食べ物のことで山岡さんに勝てるの?」「いや、山岡の旦那には絶対勝つ。我に策あり」

岡星に集まる山岡と栗田と近城と二木と井辺と里内。「里内さんのこと、二木さんから聞きました。僕も外国に撮影旅行に行くと日本食が恋しくなるタチなので、他人事と思えなくて、里内さんのためにちょっと考えてみました」「二木さんは僕のことを言わなかったんですか。僕もニューヨークに転勤になるんですが」「井辺さんのことは山岡さんが考えてくれるでしょう。僕は女性尊重主義者です。自分の能力だけで男社会で活躍する里内さんのような女性には是非協力しようと言う気になるんです」「まあ、嬉しい」「岡星さん、お願いします」「はい」

「大根とキュウリの糠漬けです」「美味しいわ」「里内さん、これくらいの漬け物がニューヨークで食べられたら満足ですか」「ええ。どうすればこんな美味しい漬け物がニューヨークで食べられるんですか」「岡星さん、説明してあげて」「大根とキュウリは糠床に漬けて4時間で取り出し、糠をふき取らなないままビニール袋に入れて20時間経ったのが、今召し上がっていただいたものです」「どうしてそんなことをするんですか」「20時間と言うのは、東京からニューヨークに直行便で送って、食卓に上がるまでの時間を考えてのことです」「ニューヨークに送る?」

説明する近城。「ニューヨークの野菜は漬け物にしたら美味しくない。それに加えて、糠床の作り方から管理、漬け方まで、素人ではうまくいかない。それなら日本で良い材料で専門家で漬けてもらって、それを送ればいい。いろいろ試してみて、この4時間漬けて、20時間袋の中に入れておいてちょうど食べ頃、と言う塩梅を決めることができました」

「で、これをどう送るかですが、幸い僕は仕事の関係で、パーサーたちと親しいので、彼等がニューヨークまで持って行ってくれる段取りをつけてくれました。これで日本製の美味しい漬け物が途切れずに食べられます。僕に任せておいてください。僕は里内さんのような有能な女性が成功するのに協力したいんです」

大変ありがたいわと呟く里内。「でも、近城さんは大変なことを忘れてる」「え」「アメリカはほとんどの州で外部から生の植物類を持ち込むのを禁止しています。袋詰めの既製品で検疫を通ったものならいいけれど、こんな手造りの漬け物は植物検疫ではねられるんじゃないかしら」「で、でも漬け物ですよ。生とは言え、加工してあるから大丈夫でしょう」「ちゃんと確かめたんですか」「い、いや」

「折角ですが、この案はお断りします。植物検疫の実際を調べずに案を立てるような杜撰なやり方を見ていると、検疫は大丈夫でも、長期的に間違いなくお漬物が手に入るか不安だわ」「恵子、それは言い過ぎなんじゃないの」「お漬物なんて他人には大したことではないかもしれないけど、私にとっては深刻な問題なの。長続きのしない思いつきのご好意はかえって迷惑なの」

むっとする近城。「ちぇ。人が親切でやってるのに。可愛げのない女だね」「近城さん、あなたって典型的な日本の男ね。女が可愛く振る舞っているうちは上品で優しいけど、理屈で分が悪くなると手の平を返したように女に軽蔑的な態度を取る。最低よ」動揺する近城。(まずい、栗田さんに僕は一般的なサラリーマンと違うところを見せようと思ったのに、逆効果)

「山岡さん、何か考えてくれたんでしょう」「うん。しかし役に立つかどうか。岡星さん、お願いします」「はい。どうぞ」「これは大根?」「あ、大根じゃない」「これは山芋」「山芋を糠漬けにしたのか」「シャクシャクしてるのに、ねっとりした感触があって」「上品な甘さ、そして土の香り。糠味噌の懐かしい匂い。これこそ原日本と言う味じゃないか」

「山芋はとろろ汁や千切りにして酢醤油で食べると美味しいことでもわかるように、生で食べても美味しい珍しい芋だ。生で食べても美味しいなら、漬け物にすればもっと美味しい」「でも、こんなもの食べさせてもらうとかえって困るわ。ニューヨークで山芋なんか手に入るの」「ニューヨークで山芋が手に入るかどうか知らないが、今日、山芋の糠漬けを出したのは別の意味がある」「え」

「二人とも山芋を糠漬けにしたら美味しいと思っていたかい?」「いいえ、想像もしなかったわ」「驚いたよ」「よく知っている山芋が糠漬けにぴったりなことをわからなかった癖に、よく知りもしないアメリカの野菜が、糠漬けに合わないってどうして言えるんだ」「え」「アメリカの野菜は日本のものと違う。ではキュウリやナスや大根や白菜以外の物を糠漬けにしたことがあるのか」「な、ない」

「アメリカの他の野菜の中には、この山芋のように思わぬものが糠漬けにしたら、美味しいことがあるかもしれない。漬け物が好きだなんて本気で言うなら、山芋に匹敵するような糠漬けにして美味しい意外なら野菜を発見してみろよ。それでこそ本当の漬け物好きってもんだ」「あぐ」「うう」

「山岡さん、ちょっと言い過ぎよ」「そうよ。アメリカで慣れない食べ物で生活する身になって」「恵子さん、やろうぜ」「わかったわ、井辺さん」「え」「あら、いつの間に二人は」「あれから何度か会ってね。恵子さんは俺の嫌いな日本人の女の典型とは違う」「井辺さんも私の嫌いな日本人の男じゃないのよ。すっかり気が合ってしまったの」「ぬう」

溜息をつく近城と二木。「俺たち、どうして失敗ばかり」「近城さん、頑張りましょう」「おう、二木さん、頑張ろうぜ」