お初の片恋 | ロロモ文庫

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祇園祭で浮かれる京都の町にある呉服商丸福の女中のお初は今日の外出を変わってもいいと同輩のおまつに言う。「ほんまか」「うちはあんまり人混みが好きやないんや。あんたはお祭り好きやし」「そやけど、年越しもうちが行ったし、今度もあんたに留守番させたら悪いわ」「かまへんがな。なんぞの時にあんたに留守番してもらったらええ」「ほんなら、ほんまに変わってくれるか」「えらいいきりようやな。誰ぞ一緒に行きたい人がおるんとちゃうか」「いややわ。お初どん」「あんたみたいなおぼこにそんなもんあるわけないやないわなあ」

丹波の福知山に住む母が浴衣を送ってきたとおまつに言うお初。「ええ柄やなあ」「うちにはちょっと派手すぎやしないかしら」「そんなことあらへん。うちもそんなん欲しいなあ」「そや、あんたやったらええけど、うちはこんなん恥ずかしゅうて着られんわ」「何言うてんの、同じ年のくせして」「そやかて、うちはあんたみたいにキレイやないもん。お母ちゃん、どうせならもっと地味なのを送ってくれりゃよかったのに」

老女中のおくらは番頭の徳七から手紙を預かったとお初に言う。「これを内緒で渡してくれ言うて」「徳七さんが?」「お駄賃100円もろうたわ」「……」「お初どんもスミにおけんな。まあええわ。若いうちは二度ないこっちゃ」「おくらどん。これいつ渡されたんや」「今、台所でうとうとしているところで、なるべく早う渡してくれって」「そう」「よっぽどええ手紙みたいやな」自分の部屋に戻り手紙を読むお初。<お話ししたいことがあります。今夜8時に四条小橋で待っています。徳七>

そこに浴衣を持って現れるおくら。「よっぽどええ手紙やったんやな。お母ちゃんからの大事な浴衣を忘れるなんて。こりゃおごってもらわんと」「おくらどん。うち、なんでもおごるけど相談に乗ってくれんか」「なんやの」「徳七さんが8時に四条小橋で待ってると。徳七さんがこんな手紙くれるとは夢にも思わんかった」

「徳七さんは、きっと前々からあんたが好きやったんやで」「そやかて、うちみたいな不細工な女に、徳七さんみたいなええ男があるわけないやないか」「えらい謙遜したもんやな」「よりによって、こんな山出しの女を相手にせんでも」「そやかて人間には好き好きちゅうのがある。その証拠にそんな手紙をくれるんやないか」

ほんまの気持ちを言うてええかとおくらに聞くお初。「うち、前から徳七さんが好きやねん。好きで好きでたまらんのや。そやけど、徳七さんの方でうちのことを好きなんて、どないしても考えられへんのや」「陰気くさい人やな」「うち、まだいっぺんも徳七さんと二人っきりになったことがあらへん。今度が初めてなんや」「……」

「丹波の山猿やし、何の取り柄もない女やから、いっぺんに愛想つかされへんかと思うと。でもやっぱり会いにいきたいし。もうどないしたらええんやろ」「わてがあんたやったら徳七さんと一緒になるな。どないなことがあっても離さへんな」「うち。行くことに決めたわ」「そうし、そうし」「でも困ったわ。おまつどんに代わったる言うたわ」「そんなん、断ったらええやないか」「それもそやな」

おまつに手紙を見てくれたかと聞く徳七。「手紙?」「おくらどんから渡されんかったか」「知らん」「100円やって渡すように頼んだんや」「忘れてはるんやわ、きっと」「しょうがないな。あの耄碌め」「何の手紙やったの」「今夜出られるようやったら四条小橋で待ってると。出られそうか」「うん」「それはよかった。8時に待ってる。ええな」「ええわ」「二人きりでゆっくり会えるのも久しぶりやな。年越しで奈良に行ったきりや」

今夜祭りに行くことにするとおまつに言うお初。「え」「あんたにはすまんけど堪忍や」「そんなんないわ。代わってくれる言うたやないの」「ちょっと都合の悪いことができたんや」「一生のお願いや。今夜だけはうちに。なあ手をついて頼むわ」「いかん、いかん。こっちこそ手をついて頼むわ」「今夜だけはうちに」「あかんわ。どうしても今夜だけは」

おまつにまだそんな恰好してるんかと聞く徳七。「はよう。したくして来いな」「出られへんようになってしもうた。お初どんは代わってくれると言うたのに。あんな卑劣なおなごとはもう付き合わん」「そな困ったな」「急に出ていく用事ができたとぺたぺたと白粉塗ってるんや」

なんとかしておまつどんを外に出してくれんやろかとおくらに頼む徳七。「わて、今日どうしてもおまつどんと会わないかん用事があるんや。頼むわ。もう100円やるから」「それはいかんで。あんたがあんな手紙やるから、お初どん、一生懸命白粉に塗ってるんや」「なんやて」「それで今度はおまつどんに会う。それはあんまり虫がよすぎるやないか」「手紙って、さっきの手紙のことか」「そや。うちは言われたとおりにちゃんとお初どんに渡しましたで」

あほと言う徳七。「あれはおまつどんに渡す手紙やで。なんちゅうことするんや」「そやけど、あんた、確かにお初どんと言うたで」「そんなこと言うわけない。眠気顔で聞いてるからそんなことになるんや」「そりゃえらいこっちゃ。どないしたらええやろ」「とにかく、おくらどんの責任やで。なんとかしてもらわんと困るわ」「どないしたらええやろ」

浴衣を着て白粉を塗るお初は口紅が濃かったかとおくらに聞く。「なあ、おくらどん。これでええやろ。なんや、どこに行ったんや」徳七に100円返すと言うおくら。「何言うてるのや。それより、おまつどん、出られそうか」「徳七さん。今夜一晩だけ、お初どんと付き合うてもらえんか」

「あほなこと言うな。そないなことしたら、おまつどんにどないに怒られるかわからへん」「えらいことになってしもうたな。どないしたらええやろ」「あんたが悪いんや」「それなら一つ、清水さんの舞台から飛び降りるつもりで言うてみることにしよう」「ほなら、わては四条小橋あたりでぶらついてることにしよう。頼むで。成功報酬はぎょうさん出すからな」

今日はご隠居さんからもらった下駄の履きぞめやと言うお初に、わてはえらいしくじりをしたんやと言うおくら。「おくらどんのしくじりは珍しいことやあらへん」「それがえらいこっちゃねん」「まあ、帰ってからゆっくり聞くわ」「ちょっと待って」「なんぞ用事か」「お初どん、堪忍して。さっきの手紙、あれはわての間違いやったんや」「いったい何やのん」「手紙が間違うたんや。あんたに渡す手紙やなかったんや」「え」「えらいしくじりや」「ほなら、あの手紙は誰に渡す手紙やったんや」「おまつどんや」「おまつどん」

ひどいと泣きじゃくるお初にわてが悪かったと言うおくら。「わてのしくじりや。許しとくなはれ」「イヤや。死んでしまいたい」「詳しい話はあとでするよって、落ち着いて」「ほっといて。わてはもうどないなってもええ」「どこへ行くんや」「死にに行くんや」「アホなことを言うな。これくらいのことで死んでどうするんや」「あんたにはアホなことでも、私には命がけのことや」「頼むさかい、泣かんといて。あんたに泣かれたら、うちはどうしてええか」

浴衣に着替えるおまつは行くのをやめとこうかとおくらに言う。「なんでや」「お初どんが可哀そうや」「可哀そうは可哀そうやけど、別にあんたの知ったことやあらへん。はよう行っといで」「なんやしらん、悪うてしょうがないわ。お初どんはどこに行ったんやろ」「裏で頭を冷やしてるんやろ」そこに現れるお初。「おくらどん、すいませんなあ。うちの浴衣を畳んでもろうて」「おまつどんは行くかどうか迷うとるよ」「アホやな。なんでそんなこと言うんや。何してんや、はよ帯して行かな、徳七さんが気の毒やで」

お初どんがそない言うならと呟くおまつにちょうどええと言うお初。「この帯してゆき」「ううん。そんなこと」「かまへん、かまへん。この帯、うちにはちょっと派手やねん」「かなわんな。うち、あんたにそんなことしてもろうて」「何言うてんの。ちょっとあっち向いて」「すんまへん」「やっぱり、うちがするよりよう映るわ。下駄もうちのを履いていき」「お初どん、うち、ほんまに行ってもええか」「まだそんなこと言うてんのか。けったいな人。ゆっくり行っといで。裏口あけといたるさかいに」「ほなら、行ってきます」

庭で月を見るお初とおくら。「ええ風やな」「ほんまに」「今日はほんまにすまなんだな。わて、ほんまに耳が遠うなったで。もう長い事ないわな」「あほやな」「ははは」「うちもつくづくあほや思うた。丹波の国の山出しが、自分の器量のことも考えんと」「そない卑下することないで。人には好き好きちゅうことがあるさかい」「おまつどん、うまいこと会うてるとええな」「そんなこと忘れてしまえ」「おまつどんと徳七さん。はよう一緒になれるとええねん」

わては多分なれんと思うと言うおくら。「なんでや」「なにやしらんそんな気が。初恋の人と一緒になれんいうのが定法やさかい」「いやあ。おくらどんにも初恋の人があったん」「あったとも。一緒に死のうとのぼせつめたこともあったんや」「へへえ。そんなことがあったんか」

そこにチャルメラの音が鳴る。「今日はわてにおごらせて。100円使わせて」「そない言うならおごらせてもらいます」「何がええ。ラーメンか。ワンタンか」「ラーメンがええわ」「ほな、行ってくるわ」一人きりになったお初は「おかあちゃん」と言って泣くのであった。