作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(295)」 | ロロモ文庫

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塩梅(後)

高知県幡多郡佐賀町で「生命と塩の会」を主宰する小島を栗田たちに紹介する山岡。「生命と塩の会って何をする会なんですか」「海の水から天日だけを使って、塩を作るのを研究する会なんです」「え。塩って他にもいろいろな作り方があるんですか」「今でこそ塩は安価でどこでも手に入るけど、昔は作るのも大変だったんだ。大昔には海藻を焼いて、海藻についている塩を取ったらしい」

「時代が下ると、入浜式塩田による製塩法が始まりました。浜辺に作った塩田の砂に海水をまき、天日で水分を蒸発させる。塩田で濃縮した海水を釜で炊いて、塩にすると言う製法です。これは大変な労力を必要とする製塩法だったんです」「第二次大戦後になって、流化式製塩法が行われるようになった。竹の枝を組んで、巨大な垣根のようなものを作り、その上からポンプで組み上げた海水を注ぐ。海水は竹の小枝を伝わって滴り落ちて来る間に、水分が蒸発して濃縮される。それを釜で炊いて塩を作る」

「それが今、俺たちが食べている塩なのか」「いや、その流化式も効率が悪いと言うので廃止になった」「じゃあ、今は?」「電気化学的にナトリウムイオンと塩素イオンを海水から取り出して塩を作る。ナトリウムイオンと塩素イオンが結びつくと、塩化ナトリウムになる。それこそが塩の主成分だからね」「へえ。電気化学的に塩を作るなんて、凄い進歩じゃないか」「そりゃ入浜式塩田みたいに労力はかからないし、流化式よりはるかに効率はいい。三橋さん、海原雄山の言った味の基本とはここにあるんです」「え」

小島の作った塩を見る一同。「まあキレイ。純白ね」「でも粒々になっている」「私たちの方法で塩を作ると、塩を結晶させるので粒は大きくなるんです」「ま、その話は後回しにして、味を見てごらんよ」「へえ、随分柔らかな味だね」「優しくて膨らみがあって、甘ささえ感じるわ」なんてことだと唖然とする三橋。

「じゃ次に食卓塩の味を見てもらおう」「こりゃきつい。塩辛いって表現がぴったり」「やせてとがって、いがらっぽいような塩辛さだわ」そうだったのか茫然とする三橋。

説明する山岡。「日本には専売法という法律があって、塩を作ったり売ったりするのは専売公社が名前を変えた「日本たばこ産業」だけにしか許されていない。我々日本人は、日本たばこ産業の作った塩を強制的に食べさせられているわけだ。日本たばこ産業の塩は、電気化学的に海水の中から塩化ナトリウムを取り出す形で作られる。だから海水の中の他の成分は入っていない。この食卓塩は99%塩化ナトリウムだ」

うちの塩は平均すると81%が塩化ナトリウムだと言う小島。「え。食卓塩に比べると18%も塩化ナトリウム以外のものが入ってるの。一体その18%は何なの」「海水の中には様々なミネラルが含まれています。そのさまざまな微量成分を私どもの塩は含んでいます。それが余分の18%なのです」

「確かに塩の主成分は塩化ナトリウムだ。しかし昔から人間が食べてきた塩は塩化ナトリウムだけでなく、いろいろなミネラルなどを含んだものだった。現在の効率第一主義の電気化学的製法が、日本の塩をこんな味にしてしまったんだ」「日本人って効率以外のことを大事に考えないのかしら。効率第一主義は自動車とか電気製品のような工業製品だけにとどめて、食品には持ち込まないでほしいわ」「第一、海水の中のミネラルを捨てちまうのは勿体ないんじゃないの」「ほんとだね。日本の塩は折角の海の恵みを削り落としてしまってるのさ」

自分たちの塩の作り方を説明する小島。「基本的には流化式と同じなんです。ポンプで海水を汲みあげて、タワーに注いでやります。タワーはブロックで出来ていて、細かい穴が沢山開いていますから、そこを流れ落ちるのに時間がかかって、その間に水分は蒸発します。流れ落ちた水をまた上から注ぎかけることを繰り返して、十分濃縮させたらそれを濾過して、あの温室の中のバットに入れて、温室の中の熱でさらに水分を蒸発させると、塩が結晶してきます」

「ゆっくり結晶させるから、結晶が成長して粒が大きくなるんです。ある時間かけると、結晶と濃縮された上澄みに分かれます。その上澄みが豆腐の凝固剤として使われるニガリです。結晶をさらに脱水機にかけて、ニガリを完全に抜いてやって、塩の出来上がりです。この塩の特徴は全部天日干しと言うことです。入浜式塩田も流化式も最後には濃縮した海水を釜で炊きます。その過程で微量成分が少し失われます。しかし天日式では釜で炊かないので、全ての微量成分が失われることなく入っているのです」

「だから、塩化ナトリウムが81%なんて低い値になるのね。これこそまさに天然自然の塩ね」「でも、最近よくどこそこの塩と言う名で、自然塩を看板にして売られている塩があるけど」「多くは外国から輸入した工業用の塩を精製して、微量成分やミネラルなどを添加して、自然塩に近づけたものだ。専売法など言うくだらない法律で、まともな塩作りが禁じられている今の日本で、塩らしい塩を何とか食べたいと言う熱意の表れなんだろうけど、自然塩と呼ぶのは無理があるね」

「小島さん、おたくの塩はどこで売ってるんですか」「今言われた専売法があるので、売ることは出来ません。ただし私どもの会員になっていただければ、配布する形でお届け出来ます。頭が痛いのは2.5キロの塩が5000円になってしまうことです」「それは高いわね」

語る山岡。「専売法なんて法律を廃止すれば、美味しい塩を安く食べられるようになるんだ。海から取った天然の塩はしょっぱい味の他に、ほかの微量元素や微量成分によって形づくられる、微量だが豊かで膨らみのある味がある。それこそが大事なんだ、寿司の酢飯を作る時も、コハダをしめる時も、塩化ナトリウム99%の塩を使って、ほかの調味料で味を補えばいいと思うかもしれないが、それはうわべを飾る誤魔化しでしかない。他の調味料では補うことの出来ない味の基本を天然の塩は持っているんだ」

反省する三橋。「私は自分の腕を過信していた。塩なんかに気を使わなくても、調味料やダシの使い方でいい味を出せると思っていました。これからはちゃんとしたいい塩を手に入れて、必ずちゃんとした味にして見せます」

三橋の寿司を味わう山岡たち。「うん、以前とは見違える味だよ。ガッチリ土台が出来て、一本太い芯が通ったよ」「お米とコハダ自体の美味しさがくっきり鮮やかになって、材料がいかに良い物か、はっきりわかるようになったわ」「三橋さん、これなら海原先生に味を見てもらえるね」「とんでもない。今更海原先生に味を見ていただく勇気はありませんよ」

そこに現れる海原。「主。こんな連中を相手に寿司を握っているようでは、腕が上がらんぞ」「海原先生、またいらしていただけるとは思ってもいませんでした」「私にあの塩を送りつけてきたからには、先日、私の言ったことが理解できたのだろう。だから、どの程度、理解出来て味が変わったのか、確かめに来たのだ」「塩を送った?」「コハダを握ってくれ」「はい」

コハダを食べて「ふむ」と呟く海原。「中川、帰るぞ」「海原先生、今度は何がダメですか。教えてください」「お前たちだ」「え」「折角の旨い寿司が、お前たちみたいなガサツな連中と一緒では楽しめん」「え、それでは」「主、良い塩を見つけたな。材料の持ち味を生かすも殺すも塩が決め手だ。また今度、この連中がいない時にゆっくり味合わせてもらう。一層の精進をすることだ」「はい、海原先生。ありがとうございます」

山岡に囁く近城。「あの塩を海原先生に送ったのは、山岡さんだね。ありがとう。三橋さんに代わって礼を言うよ」「ふん」「だけど、これとあの約束とは別だぞ。山岡さん、協力してくれるだろうな。ちゃんと約束守ってよ」「ぬ、ぬう」