作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(288)」 | ロロモ文庫

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薬味探訪(後)

良三たちを京都のそばの老舗「河道屋」に連れて行く山岡。「これでおろしそばを食べてもらう」その大根おろしの辛さに驚く良三たち。「これはただの大根じゃないわ」「辛味大根。京都の伝統野菜の一つだ。辛いと言っても、普通の大根おろしの辛さと違うのに気が付くはずだ」「あ、ホント。普通の大根みたいに苦味がない」「辛さが長続きせず、実にすっきりした爽やかな辛さだ」「ワサビのようにきつくないし、甘味もあるのよ」おろしそばを食べる良三。「大根おろしがそばの甘味を引き出す。そばの香りを大根おろしの風味が、一層くっきり際立たせる」

説明する店主の植田。「この辛味大根は370年くらい前から作られていたらしいんです。ところが今は京都でただ一人、私の店のために作ってくれているだけです」「え、たった一人」「他の大根と違って、薬味にしかならないと言うことで栽培されなくなりました。しかし、うちの店では辛味大根こそがそばの薬味には一番と考えていますから。鷹が峰の農家に頼んで、栽培してもらってるんです」「是非見学したい」「嶌本さんと言う人です。紹介しますよ」

辛味大根の畑を案内する嶌本。「ええ、たったこれだけ」「だから、河道屋さんにしか出せないんです」「注文し続ける店があり、作り続ける農家があってこそ、伝統野菜が滅びずに残ったんですね」「お土産に少し差し上げましょう」「ええ。これが大根?カブじゃないんですか」「葉っぱを見てごらん。大根の葉だぜ」「植物学的に間違いなく大根です。辛味大根は純粋な物ほど寸がつまって丸い。雑種になると長くなる」「へえ」

嶌本に家に行く山岡たち。「辛味大根って、みんな尻尾が長く伸びているんですか」「ああ、私たちはヒゲと言います。以前は、11月1日に今宮神社の朝参りの時、五つの大根をヒゲでより合わせて、ぶら下げて売ったそうです。痛風よけになると言って。最近、分析したら、辛味大根は痛風を起こす尿酸を溶かす力が大変強いことがわかったんです。昔の人は経験でわかってたんですね。だから薬味として、宮廷でも用いられていたんですね」「え。と言うと、そばだけじゃなく」「ええ、もっとぴったり合う物があるんです」

ブリの刺身を見て驚く良三。「辛味大根を刺身の薬味にするんですか」「出来るだけ目の細かい下ろし金でおろした方がいいんです」「普通の大根と違って、おろしても全然汁が出ないのね」その旨さに驚く良三たち。「ブリの刺身と一緒だと辛さがほとんど失せるわ」「それなのにブリの生臭さを完全に消し去り、ブリの旨さが柔らかく膨らむ」「マグロについても同じだと思うわ」「これで海原先生に与えられた課題が解決した。答えは辛味大根だ」

満足する山岡に、スッキリしないと言う栗田。「だって、相手は海原雄山よ。京都の老舗の河道屋を知らないはずないわ」「ぬ」「良三さんがこの辛味大根を持って行っても、驚きはしないわ。海原雄山の予想の範囲ですもの」「ぬう。わかった、岩手に行くぞ」

良三の出した薬味に驚く海原。「これは。違う。辛味大根ではない。辛味大根はワサビのように自分自身の存在を主張せず、マグロの身の奥に閉じ込められた旨味をふんわりと花開かせる。新そばはもとより、マグロにとっては最高の薬味だ。だがこれは辛味大根と決定的な違いがあるぞ。それは郷愁を誘う土の香り。ぬう。これは大根おろしに似ているが、大根ではない。もしかすると、これはカブか」

「恐れ入りました。まさしくカブでございます。丸い方は先生もご存知の辛味大根。長い方は暮坪カブでございます」「なんと。形は大根だが、これがカブか」「岩手県遠野の名産です。江戸時代に近江商人が持ち込んだそうです。土地の人は昔から漬け物にして食べていました。しかし試しにおろしてみたら、薬味として素晴らしいことが近年認められてきたのです。古い伝統野菜ですが、薬味として使えば、新しい未来が暮坪カブに開けそうです」

「むうう、良三、これは美食倶楽部で薬味としてどう使えるか、さらに研究しろ。暮坪カブを使ったおろしそばは「暮坪そば」と名付けよう。胃の疲れた客は喜ぶだろう」「はい。美食倶楽部の名物となるでしょう」「しかし、どこで暮坪カブのことを調べてきたのだ」「は、はい、それは」

遠野の暮坪カブ畑に良三たちを連れて行く山岡。『柳田国男先生のおかげで、民話の里として有名になりましたが、遠野に民話でなく、カブが目当てで来られた方は初めてですな』『良三君、抜いてごらん』『ええ、これがカブ?大根じゃないか』『いいや。葉を見てごらん。間違いなく、カブだ』カブを下ろし金でおろす山岡。『うわあ。辛い』『でも美味しい』『これなら』『辛味大根の好敵手現るです』『山岡さん、これよ』

ぬうううと呻く海原。「士郎が出しゃばったのか」「今度の課題、私が実力で解決したのではありません。私は失格です」「士郎ごときに助けを求めるとは何たる恥さらしな。もういい、下がれ」「は、はい」「良三、今夜、帝都電力の二宮会長が見える。早速、暮坪そばを食事の締めくくりに出せ」「先生。では、私は」「与えた課題を解決するのに、人の助けを借りたら失格と決めておかなかったから、仕方がない。それに暮坪カブは士郎の専売と言うわけでもない」「先生」