作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(276)」 | ロロモ文庫

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良いナス、悪いナス

息子のヒトシがナスが嫌いなので治してくれないかと山岡と栗田に頼む富井。「ヒトシ君、いったい、ナスのどこが嫌いなの」「匂いがイヤなんだ。お味噌汁なんかに入っていると青臭い匂いがして。それに皮がつるんと固くて、中身がスポンジみたいで、それが気持ち悪くて、嫌だよ」「副部長、おたくではナスはいつもとどう料理して召し上がっているんですか」「味噌汁、煮物、焼きナス、糠漬け。いろいろだね」「山岡さん、どうするの」「岡星で、ナス料理大全と行きますか」

ナスは買うときによく選ばないとダメだと言う岡星。「良いナスは持ってみると、しなやかで弾力がある。悪いナスは弾力がなく、つやが悪い。そして大きさの割に軽い。割ってみれば一目瞭然。良い方のナスは皮が薄い。中身はしっとりして、あめ色がかって均質に詰まっています。悪いのは皮が厚くて、ひどいのになると、皮と身の間や中身の中央に縦に隙間があったりします。身は固くて、パサパサしていて、押し固めたスポンジみたいな感じです。その差がてきめんにわかるのが糠漬けです」

良いナスの糠漬けを食べる栗田。「皮の外側の方は鮮やかな紺色、皮の内側の方は紫色、身と接するあたりは赤紫色。そして身の中心はあめ色。皮はしなやかで柔らかいのに、噛むと気持ちのよい歯ごたえ。身は滑らかでしっとりしていて、甘酸っぱい汁が口の中にじゅっと広がるわ」

悪いナスの糠漬けを食べる富井。「皮が厚くて色はくすんでいる。色の階調の変化なんかない。いきなり中身になるけど、この中身がパサッとして乾いた感じ。皮が固くて、歯ごたえが悪い上に、身はスカスカして美味しい汁が出るどころか、変にアクの強い青臭さがする。むう」

「ナスの炒め物をするのに、この悪いナスをぶつ切りにして使うと、油が身に沁み込まず、パサパサしたまま仕上がって旨くないんだ」「最近は本当に良いナスが少なくなりました。農薬と除草剤のせいで、ナスの実が十分に熟さないんです」「ヒトシに限らず、この悪い方のナスを食べさせられたら、ナスなんか少しも旨いと思わないのも当たり前だ。ナスは油と非常に相性がいい。どんなにナスの嫌いな人間でも好きになる料理を作ろう」

ナス料理を作る山岡。「中華鍋にごま油。ナスは油をよく吸うから、思い切りたっぷり入れる。熱したところで、ナスの薄切りを入れる。厚さは5ミリ相当。ナスの一切れ一切れがよく油を吸うように、念入りに手早く。火は強火。ナスはしんなりあめ色になり、キツネ色がかってきたら、頃合い。ここで醤油を一気にかけ回す」

「うひょお。あちあち。しかし旨い」「ゴマ油の香り、ナスの香りが混然となって。お醤油の焦げた香りもまたたまらないわ」「へえ。ナスの身って甘いんだね。これなら青臭くないよ」「ナスのアクの強さと、ゴマ油のアクの強さがぶつかって、かえってまろやかな味を作り出しているのね」

続いてナス料理を作る山岡。「今度は癖のない落花生油をフライパン全体を1ミリくらい覆う程度にとって、そこに縦に薄切りしたナスを敷く。火は中火。さっきの炒め物ほどには油を吸わせない。途中でひっくり返して、身の表面がうっすらキツネ色になったら頃合い。ナスのおろし生姜を乗せ、生醤油を好みの量をかけて食べてください」

「あらら、また違う味だ。身がホックリ、とろりと口の中で」「ナスの身の甘さがこたえられない。皮も柔らかくて美味しいわ」「へえ、さっきと同じようなやり方なのに味は違いもんだねえ」「さっきは醤油も火が通って香ばしさが強くなった。こっちは生醤油。さっきは癖の強いゴマ油で、こっちは癖のない落花生油」「でも、どちらもナスの美味しさを十分に引き出しているな」

「あ、今の二つおお料理って使ったのはナスだけね。野菜も肉もほかの物は何も使っていないわ」「そりゃ、ナスの味の真実を知ってもらうには、ナスだけを使うに限るもの」「そして、秘訣は油にあるみたい」「勿論、煮て食べても美味しいけれど、ナスを美味しく煮るのはなかなか難しい。他の物と一緒に煮ると、ナスのアクで他の材料の持ち味を損なうこともある」「そうね」

「ナスは油と相性がよいから、こんな簡単なやり方の方がかえってナスのよい面を引き出して、ナス嫌いの人間にも受け入れられるんだよ。肉や玉ねぎ、ピーマンなどと炒めても美味しいけれど、ナスは単独の方がナス自体の味が楽しめて、俺は好きだな」「なるほど」

「次はこれをどうぞ。ナスをいったん蒸して、それを醤油、ゴマ油、酢を合わせたタレに漬け込んで、冷蔵庫で冷やしたものです」「おう。これはさっぱりしていいね」「ナスをいったんさっと油を通して、湯葉と炊き合わせました。いったん油を通すと、色の美しさが失われません」「これは正調日本料理ね。油通ししたナスがおダシをたっぷり吸って、最高」

ヒトシに聞く山岡。「これでもナスは嫌いなのかい」「ううん。出来の悪いナスをヘタな料理を食べさせられてきたばかりに、僕はナスを嫌いだと思いこんでいた。ナスは本当なこんなに美味しいのに」「え。じゃあ私が悪いの」「そうです。副部長」「ぬう。ボケナスの山岡、今度のボーナス、ゼロ」「ぬう。副部長のオタンコナス」