作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(273)」 | ロロモ文庫

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鮭勝負(後)

失格でないことを説明する山岡。「食を芸術の域まで高めたことで名高い北王路魯山人の肝臓を調べてみたら、ジストマに冒されていたそうです。魯山人はタニシが好きでよく食べていた。それも茹ですぎると味が落ちると言って、生茹でくらいの状態を好んだと言います。タニシには人間の肝臓を冒すジストマが寄生している。そのジストマを魯山人はタニシの生茹でを食べることでもらってしまったわけです。その魯山人の逸話を俺は知っていた。だから魚の寄生虫には関心があったんだ」

「ではどうして鮭の刺身を出したんです」「魯山人を持ち出して、言い逃れの手段にする気なのかね」「現実に寄生虫の幼虫がいるかもしれぬ鮭の刺身を食べさせておいて、寄生虫に無関心でなかったとは言わせないぞ」「それでは皆さんを安心させてあげましょう。矢内先生お願いします」

「はて、こちらは?」「料理人とは違うようだが」「東都大学理学部の矢内直一先生です。寄生虫の研究がご専門です」「なに。寄生虫の研究」「まず、今日我々が料理に使った鮭について、矢内先生に説明していただきましょう」

説明する矢内。「鮭やマスにアニサキスやサナダムシの幼虫が寄生することがあるのは、先程ご説明があった通りです。ところが山岡君が私の所に来て、鮭を刺身で食べたいと言う。そして山岡君が私に示した料理法が非常に理にかなったものであったので、手伝ってみる気になったのです」

「さて、私のしたことは山岡君の持ってきた鮭をきれいに洗って三枚におろす。そしてその身を薄く削ぎ落した物を顕微鏡で検査する。一匹の鮭について、最低六切れ検査して、寄生虫がいなければ、統計学的には残りの部分もほぼ大丈夫と言えますが、さらに安全性を完璧にしたのが山岡君の用いた料理法でした」

「薄く叩き延ばして、冷蔵庫で冷やして皿に盛る前に、もう一つの過程があったのです。薄く伸ばした鮭の身はガラス板の上に広げます。それを高倍率のルーペで検査をします。さらに一切れにつき数か所、細かく切り取って、同じくルーペで検査します。ここまですれば、100%寄生虫は避けられるでしょう」「そうか。身を薄く伸ばしたのは、舌ざわりをよくするのと同時に、光で透かして見やすくするためだったのか」

手間のかかる料理にした理由を説明する山岡。「昔から鮭は生で食べてはいけないと言われてきた。そのタブーに挑戦したかったんです。鮭はどう料理しても美味しく食べられる魚です。そんな魚なら生で食べたらもっと美味しいに違いない。タブーをひっくり返し、生で食べてはいけない鮭を刺身で食べる。それこそ究極の鮭料理だと考えたからです」

それなら安心だと喜ぶ大原に、そうは簡単にいかんと言う海原。「究極側は料理を出す際に何の説明もせず、私に非難されて慌てて釈明した。それでは鮭の寄生虫のことを知っている人間は不安を感じて手を出せない。さて、では料理を出す際に今のような説明をしたらどうか。まず大抵の人間が不快に感じるのではなかろうか」「うぬ」

「今、北大路魯山人が肝臓ジストマで命を落としたと言ったが、あの時代はタニシがジストマの宿主であることを知られていなかったから、仕方のない面もある。しかし寄生虫や病原菌のことがいろいろ知られているこの時代なのに、無知ゆえ愚かな食べ方をする人間が多いのは嘆かわしいことだ」

「例えば私は鯉の洗いも信頼できる店以外では食べない。鯉に限らず川魚にはジストマなどの寄生虫が多く、信頼できぬ店以外で食べぬ方が無難だろう。シラウオを生きたまま食べるのも食通好みとされているが、横川吸虫と言う寄生虫がいて、慢性腸炎を起こすことを考えると、賢い食べ方とは言えまい」

「サワガニ、ザリガニには肺吸虫がいる。肺吸虫は肺に寄生して、肺結核に似た症状を起こす。勿論、アジにもサバにもカツオにも有害な寄生虫がついていることはある。そもそも、火を通さずに生で食べること自体、ある程度の危険は避けられないのかもしれない」

「だが、避けられる危険は避けるべきだ。アジやサバで当たったら不運と慰められるが、生鮭でサナダムシを貰うのは、愚かと非難されねばならぬ。そのようなことを考えると、いかに寄生虫の検査に万全を尽くしたとは言え、鮭の刺身を客に出すのは、やはり間違った行為であることに変わりはない」

「物を食べることの本義は、体を養い、気を養うことだ。美味のために食べ物で冒険をすることは、物を食べることの本義に反する。正しい材料を正しく使ってこそ、究極であり、至高であるはずだ」「うぬぬ」「士郎。これだけ勝負を重ねてきて、しかも食の本義を外すのか。このたわけめ」「ぬうう」

審査結果を発表する審査員。「寄生虫を持っているかもしれない鮭を刺身で出したことで、究極のメニューを失格にせよと言う意見も出たが、究極側も十分に寄生虫対策を講じたことがわかったので、失格しないこととした」「しかし、万に一つでも危険はないとは言えないことを考えると、究極のメニュー側の鮭料理は減点が避けられん」「それに引き換え、至高のメニューの鮭料理は何とも見事。従って、鮭料理合戦は至高のメニューの勝ちとします」

私が悪かったと反省する栗田。「つまらないことで山岡さんと喧嘩して、山岡さんの手助けもしないで。そんなことが山岡さんをイライラさせたと思います」「何か、食おうぜ。食いながら、今日の反省会と次は絶対に至高のメニューに勝つための計画を練ろうじゃないか」「賛成。今度こそ勝たなきゃね」