作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(206)」 | ロロモ文庫

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パワー・ミート

近城に誘われて、素人ばかりのラグビーチームに入る山岡。そのチームは日本に住んでいるオーストラリア人のチームと対戦するが、150対0で負けてしまう。お疲れ会で元気を出してくださいと言うオーストラリア人コーチのジャック。「元気を出してと言われても、150対0じゃあねえ。ダメだよ、体格が違い過ぎる」「みんな、見上げるような男ばかり。筋肉モリモリだし」「食べてる物が違うんだよね」「ううむ」

「ジャックさん、オーストラリアでは肉を沢山食べるんでしょう。やっぱり牛肉を沢山食べるんだろうね」「うん、牛肉も食べるけど、羊の肉も沢山食べるよ」「え。羊?ああイヤだ。羊肉なんて臭くて、まともに食えないよ」「とんでもない。羊肉は美味しいよ。羊肉、食べたことないんじゃないの」

「食べたことあるさ。ジンギスカン鍋って、あれ、羊肉だろ」「そうそう、あのジンギスカン鍋って臭いよ」「あんな肉食わなきゃ大きくなれないなら、食わずに小さいままの方がいいや」「あんな臭い肉食えるなんて、神経鈍い証拠だよ」「そうか。神経が鈍いから、あんなに大きくなれるんだな」

「失礼な。オーストラリア人は神経が鈍いと言うのか」「いや、羊肉が臭いことを言いたかっただけで」「不愉快だ。ラグビーに負けたからって、相手の国の悪口を言うなんて、最低だ。スポーツマンならスポーツマンシップを守って堂々としてもらいたいね。相手の体が大きいのは神経の鈍いせい?そんなこと言う方がよっぽど神経が鈍い。今日限り、君たちのコーチなんか御免だ。羊の肉は旨いんだ」

後日、和解の席を設ける山岡。「先日、チームは気まずくなったきっかけは、羊肉が旨いかまずいかと言うことでした。ジャックと仲直りできるかどうか、そのためにまず羊の肉を味わってもらおうと思います」

「最初はジンギスカン鍋か」「へえ、これがジンギスカン鍋ですか。僕は初めてです」「ほら、この臭いだよ。癖はあるよな」「これでは沢山食べられないよ」「これはマトンだよ。マトンは臭いがするよ」「だから言ってるだろう。我々はこの臭いがイヤだって」「まあまあ、お静かに。次の料理を食べてみてください」

「えっ、これも羊肉?さっきのジンギスカン鍋の肉と全然違う」「香ばしくて肉の柔らかで、美味しい肉汁があふれる」「これはラムだよ。ラムの骨つきリブだ」「ラムとマトンとどう違うのさ」「羊の種類が違うのか」「そうじゃない。ラムは子羊、マトンは大人の羊のことだよ」「ジャックの言う通り。そして、その区別は歯でするんだ」

説明する山岡。「子羊が一歳になると、乳歯が抜けて永久歯が生えてくる。そこがラムとマトンの分かれ目だ。永久歯が生えてくる頃から、羊の脂肪の中にある種類の酵素が出来て、臭みを持つようになる。肉自体は臭くないが、その脂肪の臭みが全部を台無しにする」

「日本で羊肉の評判が悪かったのは、羊毛を取ることを目的として飼育が始まったので、食肉の方に重みが置かれなかったからだ。食べるにしても、マトンが主だったから、羊肉は臭いと言う概念が定着してしまった」

「一方、オーストラリアやニュージーランドから輸入する羊肉も、マトンの比率は多い上に、以前は冷凍技術も進んでいなかった。だから南半球から運んできて日本の消費者の口に入るころには、風味が低下することもあって、それが羊肉の評判をさらに悪くした」

「ところが最近になって、オーストラリアの食肉処理技術が大幅に進歩した上に、摂氏1度か2度と言う低温に保たれたチルドミートの状態で輸入する態勢も整って、事態は変わった。今、食べてもらったのは、乳歯が抜け替わるはるか前の生後5か月のラムを、チルドミートにしてオーストラリアから運んできたものだ」

「なるほど、まだ乳歯だけの本当のラム。その肉を新鮮な状態で運んでくる。すると臭くないわけか」「そうだったのか。ちゃんと旨い羊肉を食べないで、羊肉やオーストラリア人の悪口を言ったり。ジャック、悪かった。許してくれ」「何言ってるんだ。僕のために、わざわざこんな会を開いてくれて。僕も短気過ぎた。今まで通り、コーチをやらせてくれ」呟く山岡。「日本はグルメブームだと言うが、世界中で羊肉の旨さを知らない数少ない国の一つだよ。これを機会にラムの旨さを知ってほしいね」