作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(173)」 | ロロモ文庫

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山の秘宝

老人と口論をする受付嬢にどうしたのと聞く山岡。「こちらの木下さんが一人息子さんを探してほしいと仰って」

木下から事情を聞く山岡と栗田。「探すているのは、一人息子の一郎です。一郎は五年前ぬ東京さ出て行っで、そのまま行方がわがらなくなったです。今年の夏ぬ大病さ患っでえ、もう死ぬど思っだ時に、息子に宝物を譲るのを忘れでいだのに気ずいだのだず」「宝物?」「んだ、大変な宝物だあ。私も父親に譲ってもらっだ物で、先祖代々伝えできだ宝物でがんす」

「ふうん。先祖代々の宝物か。でも、東西新聞には尋ね人の欄と言うのはないねえ」「なぬ。そんなはずはねえ」「昔は確かにあったけど、数年前になくなったみたいだな」「そ、そんな」「なんとかならないかしら。せっかく頼っていらっしゃったんですもの」「ううむ」

社会部長の松川に相談する山岡と栗田。「ふざけるなあ。財産を相続させたいから、父親が息子を探してるなんてことが記事になると思うおか」「でも、その財産が大変なものらしいですよ。岩手の山の中に隠された秘宝だってんですから」「秘宝?」「民俗学的に価値のあるものかもしれませんなあ。岩手県は柳田国男の「遠野物語」を読んでもわかる通り、民俗学の宝庫ですからねえ」

「ふうむ。民俗学的な遺産を子孫に受け継がせたいと願う父が、行方不明の息子探しか。ひょっとするといい記事になるかもしれんな。え、その宝物とは何だ」「息子さんが見つかったら、教えてくれるそうです」「むう、では記事にして読者に探してもらおう。息子さんが見つかって、宝探しの時は取材させてもらうから、君たちも同行したまえ」

東京で歌手になる勉強をしていた一郎が見つかったと山岡と栗田に告げる。「有名になるまでは故郷に帰らない決心で、家にもわざと連絡しなかったそうだ」「見つかってよかったですねえ」「うむ。それで明日岩手に行く。谷村君には君たちを借りることで承諾を得ている」

山岡と栗田と松川を迎える岩手県・安比でペンションを経営する木下。「やあ、遠いところをご苦労さんです。息子の一郎も帰って来てくれますて」「その節をどうも御厄介になりました。新聞を見て慌てて連絡を取りました。私の方もやっと来月初めてのレコードを出してもらえることになりまして」「それはめでたい」「で、今日いよいよ一郎さんに宝物を譲り渡すとか」「はい。そうでがんす。では早速行ぎましょうか」

山の中に入っていく一同。「はあはあ」「随分歩くのね」「あれ。ここさっき通ったとこだ」「本当だ」「変ねえ」「しっ。静かぬ。ただでさえ大勢で目につきやすいんだ。大声を出すてはなんね。ふもとの方から誰かが我々の行く先さ、うかがってからもしんねえからな」

「へえ。こんなに行ったり来たり、変な歩き方をするのは、人の目を誤魔化すためだったのね」「ここまで気を使うとは、よほど価値のある宝物なんだな」「林が深くなってきたわ」「いかにも宝物が隠してありそうな雰囲気じゃないか」ははあと呟く山岡。「宝物と言うのはひょっとすると」

「ほうら、あっだ。一郎、この辺がホンスメズの場所だぞ」「うん、わかった」「ええ?これがシメジ?八百屋さんで売ってるシメジとは形が違うわ」「シメジと言って普通に売られているのは、ほとんどヒラタケやシロタモギタケのことで、しかもオガクズを瓶詰めにして、菌を植え付けて人工栽培して作った物だ。ホンシメジはマツタケと同じように、赤松と他の雑木が混成した林の中に出来るんだ。人工栽培はできないよ」

「さあ、次さ行ぐぞ」「次へ行く?と言うことは、宝物探しの途中に偶然シメジに出会ったのではなく、これこそが」「さっきは赤松の木が多かったけど、今度は林の様子が違ってきたわ」「ナラやブナの木が多くなってきたな」

「やった。今年もあっだ」「おおっ、マイタケだ。このキノコを見つけると、嬉しくて舞うのでマイタケと言う説もあるんだ」「そんなに美味しいの」「ええが、一郎。マイタケの場所はまだほかにも10ばかりある。この場所だけは人に知られぬよにすんだぞ」「はい」「息子さんに譲りたい宝物とはキノコのことだったんですか」「はい。そんです」

「山岡、貴様、何が民俗学的な宝だ」「でも、部長、キノコは森の宝物ですよ」「ふざけるな。たかがキノコを」「部長は全然わかってないな。ホンシメジは「香りマツタケ味シメジ」と言われるくらいだし、マイタケの旨さは他に比べようがないほどです」「そんです。ホンスメジもマイタケも毎年同ずところに生えるのす。だからその場所は親兄弟にも教えない。私もずっと一郎に内緒にすてきだが、年を取っだがら、いよいよ、この宝のありかを教えたいと思ったのす」

やれやれと落胆する松川。「岩手の山の中の秘宝はキノコだった、じゃ記事にならないよ」「まあ、そんなにガッカリしないで」「お世話ぬなったお礼に、取ったキノコをたっぷりご馳走ずますよ」

「ホンスメズを洋風に料理すてみますた。バターと塩こしょうだけでさっとソテーすて、仕上げにレモン汁を数滴たらすます」「わ。これがホンシメジの味なのか」「とても力強くて濃厚で。それなのに後口がすごくさわやか」「旨味の成分をこんなに豊富に持っているキノコは珍しい」「養殖もののシメジを食べてたんじゃ、この旨さは想像できない。これは凄い」

「マイタケは鶏鍋に入れて、食べてもらえます」「まさに山の霊気を凝縮した味ね」「こりゃ舌が舞うよ」「ああ、キノコがこれほどまでに人の心を喜ばせることができるとは。これはまさに秘宝だよ。このありかを人に教えることなんてできないよ。山岡、この秘宝の話、凄い記事にして見せるからな。新聞記事はこう書くものだと言う手本を見せてやる」

「部長」「おう」「あのキノコの記事、どうしたんです。まだ出ないけど」「ああ。あれはやめた」「どうしてですか」「バカ。そんな記事、書いてみろ。あのペンションに客が行くだろ。そしたら私の分のキノコまで食われちまう。親兄弟も教えないキノコのことを、見ず知らずの読者に教えてたまるか。山岡、お前も書いたらいかんぞ」