作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(152)」 | ロロモ文庫

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海のマツタケご飯

日本画家の清谷吟香が脳出血で倒れ、オロオロする京極。「吟香と出会うたんは、わしが米問屋で下働きしていた頃やった。わしも吟香も貧乏な家の出で、年も近かったし、すっかり仲良うなった。わしは日本一の商人になるから、お前は日本一の画家になれと、互いに励ましおうてきたんや。吟香は日本一の画家になった。わしも曲りなりに一人前の商人になった。わしも吟香も楽しむのはこれからやないか」

吟香は命を取り留めたと山岡と栗田に語る京極。「せやけど、頭の動きがまるであかん。奥さんのこともわしのことも、まるで誰やら見当がつかんらしい」「まあ」「画家として復帰できんでもええ。せめて、わしとの友情を思い出してほしいのやが」「……」

「吟香が倒れた日に、わしが東京におったんが、吟香に呼ばれたからや。あの時、吟香は海のマツタケご飯を食わせてくれる言うたんや」「海のマツタケご飯?」「あれは去年の秋やった。わしは丹波に持ってるわしの山に吟香を案内した。マツタケを食わせてやろう思うてな」

『おう、来た来た。マツタケご飯や』『んまあ。香りのさることながら、ご飯と一緒に炊くと、マツタケの味はいっそう素晴らしくなるのね。もっと弾力が出て、しなやかになって』『獲れたてのマツタケは味も香りも桁違いの旨さですなあ』『ほんまに、これ以上の贅沢ってないわね』

『わっはっは。やはりマツタケは何と言っても、丹波のマツタケが一番や。松林を丁寧に手入れして、丹精こめてやらな、こないに素晴らしいマツタケは生えてこんのです。どや吟香、美味しいやろ』『ふむ、まずくはない』『こら、旨かったら旨いと素直に言わんかい。お前は長い間、関東の海辺に住んどるから、こないに旨いマツタケ食べたことないやろ』

『けっ、それが山猿の思い上がりと言うやつだ』『な、なにい』『そりゃ、マツタケご飯は旨いよ。だが海にだって、このマツタケに劣らない旨いモノがある。海のマツタケご飯を知らないか』『なに。海のマツタケご飯?』『ほうら、山猿め、知らないな』『おのれ、負け惜しみを言うにも程がある。よし、食わせてもらおうやないか。その海のマツタケご飯とやらを』『おう。ただし今はダメだ。初夏になったら呼んでやる。それまで楽しみに待ってろ』

へえと呟く栗田。「そんなことがあったんですか」「海のマツタケご飯とはどんな物か知りたいが、そんなことより、今はただ、もう一度吟香と口喧嘩をしたいのや」

吟香の妻から、倒れた時に吟香は素潜りをしようとしていたと聞く山岡。「寒いからやめてくださいと私が頼むのも聞かないで、真っ裸になって、海に入ろうとした時だったんです。京極さんをお招きしていたので、何か自分の獲ったものをご馳走しようと思ったんでしょう」「なるほど。それでわかりました。海のマツタケご飯の正体が」

吟香の病室にいる京極に海のマツタケご飯を届ける山岡。「ほんまにマツタケご飯風や。ただ炊き込んであるのは、マツタケより大きめやけど。お、おう。うまい。これは貝や。しかしなんとええ味を出す貝や。そしてこの感触。しゃっきりムチムチして、まるでマツタケご飯のマツタケそのものやないか」「……」

「香りは鮮やかな海の香りや。味はマツタケの味を山の高さに例えるなら、海の深さにたとえられる。高貴とさえ言いたくなるほどの味を出す貝と言えば、アワビしか考えられんが、アワビでは濃厚すぎて、このはんなりとした味にはならん。となると、これは」「トコブシです」「おお。トコブシか」

「生きたトコブシをたっぷりの酒と醤油で軽く煮ます。煮上がったら。貝から身を外し、肝を取ります。それを薄切りにして、煮汁でもって米と一緒に炊きます。それで出来上がり。初夏に湘南地方のトコブシは一番美味しくなるんです。だから吟香先生は、海のマツタケご飯を初夏まで待てと言われたんです」「この海のマツタケご飯を作るために、海に潜ろうとして発作を」「旨い。ほんまに旨い。海のマツタケご飯、ほんまに旨い」

「わっはっは、どうだ京極。俺の勝ちだな。参ったか、海のマツタケご飯の旨さを思い知れ。丹波のマツタケも旨いが、トコブシの旨さも大したもんだぞ」「ぎ、吟香」「はて、京極。お前、いつ来たんだ。なんだ。どうして私はこんなところにいるんだ」「海のマツタケご飯で、わしの鼻あかせてやりたい一心がこり固まって、そのおかげで正気を取り戻しよったわ。この食いしん坊の負けず嫌いの意地っ張りめが」