作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(150)」 | ロロモ文庫

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代用ガム

弟と久しぶりに食事をすると山岡と栗田に言う富井。「だから君たちも一緒にと思ってね」「あら、私たちが一緒だと邪魔になるんじゃ」「いいんだ。大した話じゃない。うちの菩提寺が区画整理にかかったら、親父の墓を移さなきゃならないんで、その相談をするんだ。まあ、とにかく一緒に来てほしいんだ」

弟の修に父の墓を移さなきゃいけないと言う富井。「父さんは優しい父親だったなあ。私たち一家は貧しかったから、お菓子なんか何も買えなかった。隣の家の子がチューインガムを噛んでいて、それを見たお前がガムが欲しいと泣いた。でもガムなんか買えないから、おふくろは困った。すると父さんがメリケン粉をこねて、ガムを作ってくれた。そのガムを噛んで、お前の機嫌は直ったんだ。優しい親父だったなあ」

でたらめ言うなと怒鳴る修。「親父は俺には少しも優しくなかった。兄貴は大学に行かせたのに、俺には行かせてくれなかった」「それはお前が大学進学の時、親父が仕事に失敗したから」「それにメリケン粉にガムだって?夢でも見てるんじゃないのか。どうしてメリケン粉でガムができるんだ」「え」「メリケン粉をこねたら、うどんのタネができるだけだ。そんな物、ガムの代わりになるわけないだろう」「あ」「錯覚だ。親父が優しかったと言うのも兄貴の錯覚だ。親父の墓の移転なんか勝手にするがいいさ。俺は一切面倒見ないよ」

いつもああなんだと呟く富井。「我々兄弟は仲が悪くて。だから誰か一緒にいれば、喧嘩にならずに済むと思ったが」「……」「私の父は敗戦後、中国から引き揚げて以来、仕事が思うようにいかず苦労してね。それにしてもおかしいな。確かに親父はメリケン粉をでガムの代用品を作ったと思ったがなあ。記憶違いかなあ」

翌日、岡星に富井兄弟を招く山岡。「俺もメリケン粉を練ってもガムの代わりになる物はできないと思う」「え」「と言うのはそこに副部長の錯覚があったからです。メリケン粉で作ったと言うのが錯覚ではありません。メリケン粉でこねて作ったと言うのが錯覚だと言ってるんです」「よくわかんらなあ」

「では実際にやってみましょう。これは普通のメリケン粉です」「えっ、水をかけちゃうのかい」「それじゃ、粉はみんな溶けて流れちゃうよ」「おいおい、粉はどんどんなくなっていくじゃないか」「水が白くなくなった。粉が全部流れた証拠だ」「粉が全部流れたのに、どうして手をすり合わせているの」「よし、これだ」

掌をあける山岡。「え、なんだ、それは」「試してみてください」口の中に山岡の手にあったものを入れる富井。「おおお、これだよ。親父が作ってくれた代用ガムだ」「えっ」

説明する山岡。「メリケン粉を練ったと言うのは副部長の錯覚です。実際はこうして水を流しながら揉んだんです。メリケン粉、つまり、小麦粉の成分はデンプンとタンパク質です。水をかけながら揉んでやると、デンプンは水に溶けて流れ出してしまいます。しかし、タンパク質、つまり、グルテンは固まって、溶けずに残るんです。試してみますか」

グルテンを噛む修。「青臭い。何の味もしない。生の麦の匂いだ。ひどくまずい。いくら何もない時代だからって、よくこんなものをガムの代わりに。子供にガムすら与えられず、こんな物を与えるしかできなかった親は、さぞつらかっただろうな。思い出したよ、この味。この感触。この匂い。親父は私を慰めるために、知恵を絞って、こんな物を」「……」

「そう、親父は優しかった。不運に耐えて、貧しさをはねのけようと一生懸命だった。兄さん、ごめんよ。俺は大学に行けなかったことで、すっかり心が曲がってしまったんだ。親父の墓、キレイに作り直そうよ」「修」