作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(114)」 | ロロモ文庫

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料理と絵ごころ

料亭「芝浜」に山岡と栗田を呼ぶ大原。今日はちょっとした趣向を用意したと言う芝浜の主人の芝原はオコゼの唐揚げを作ると言う。「あまり珍しくないが」「まあ、ご覧ください」「む、皮だけを唐揚げにするのか」「さあ、熱いうちに召し上がってください。タレはニョクマムです」

その旨さに驚く大原たち。「おおっ、皮の唐揚げだからパリパリ固いものと思ったら」「固いのは表面だけで、中はプルプルしてるわ」「ゼラチン質の皮のねっとりした触感と、ムチムチした弾力はそのままなのに、ちゃんと火が通っているので、甘味も出ている」

身の方は薄造りにしたと言う芝原。「モミジオロシとポン酢で召し上がってください」「おう、シャキシャキして」「あんなグロテスクな魚なのに、この味の上品なこと」「なるぼど。オコゼを丸ごと唐揚げにしたのでは、皮も身も本来の旨さを全然味わってなかったことがわかった」「この趣向は見事だ。楽しめたよ」「究極のメニュー作りの参考になりましたわ」

そこに現れ挨拶する芝原の息子の樹一。「ほう、この店の跡継ぎだね」「じゃ、お料理の腕もさぞ」「ははは、私は自分で料理なんかしません」「え」「料理は総合芸術です。料理屋の主人は総合芸術の総監督であればいいんです。実際の料理なんか職人仕事ですからね。そんなことに主人が煩わされてはいかんのです」

「ほう、それは面白い意見だな」「むしろ、茶道を極め、書や絵画の道を研鑽し、まず第一の芸術家としての自己の存在を確立すべきでしょう」「なるほど。芸術としての料理か。まるで海原雄山みたいだな」「ははは。私はこの店を海原雄山の美食倶楽部以上のものにしてみせます。それでは失礼します」

はははと笑う大原。「ご主人。なかなか覇気のある息子さんじゃないか」「いいえ、とんでもない。本当に恥ずかしいことを皆さまに言ったりして。情けない。私はこの店を息子には継がせません」「えっ、どうして」

招待状をもらい樹一の個展に行く山岡と栗田。「やはり料亭の若旦那だけあって、題材がみな料理の素材だわ」「ふん」自分の絵を客に解説する樹一。「この鮎には苦労しました。この優しくて色っぽい姿を描くのに骨を折りました」「ほう」「スズキは何と言っても威勢のよさが第一です。江戸前のスズキは粋ですからね。絵心と言うのは、料理の美しい盛り付けをするのに欠かせません。また絵の研鑽を積むことで、よい材料を選べる眼力が養えるのです。物を見る目がなければ、よい材料は選べません」「なるほど」

大笑いする山岡。「材料を選ぶ眼力だって」「何がおかしい」「この絵を見る限り、あんたに材料の良し悪しを見分ける眼力なんて、さらさらない」「なんだと」「絵画の稽古をして、描く技術だけは上達しても中味は空っぽだ」「この絵がどうして空っぽなんだ」「これから芝浜に行こうじゃないか。あんたの絵を持って。あんたの店の料理人たちなら、俺の言うことの正しさを理解するはずだ」「ぬう」

自分の描いた鮎とスズキを仕入れる気はしないと口を揃える芝浜の料理人たちに愕然とする樹一。「季節のものだから鮎もスズキもここの調理場にあるはずだ。持ってきてください」「はい」

実物の鮎と絵の鮎を比較する山岡たち。「絵の中の鮎は丸々として優しい感じ。それに比べてこの鮎は肥ってないし、顔つきが猛々しいわ」「それはこの鮎が天然なのに対し、絵の鮎は養殖の鮎だからさ」「え」「天然の鮎は6月ごろから、川底につく苔を食べるようになる。苔を十分食べるには、他の鮎と縄張り争いをし、数々の生存競争に勝たなければならないので、顎は張り、口はとがる。一方、養殖の鮎は自力で餌を探すと言う苦労がない。だから顎も発達しないし、口もとがらない。だから肥って優しい感じになる」「一流の料亭では養殖の鮎は使わない。だから絵の鮎は買わないと言ったのね」「うう」

「次はスズキだ」「わかったわ。ここのスズキは頭の所と尾の付け根に切り込みが入っているけど、絵の中のスズキは無傷だわ」「あ」「スズキに限らず、よい魚は活けじめと言い、捕らえられたらすぐ、生きているうちに尾の付け根と頭の下に刃を入れ、血を流し出してしまう。それをしないで死ぬままにしておいた魚は野じめと言う。活けじめと野じめでは味も値段も遥かに違う。高級料亭では活けじめの魚しか使わない」

深く反省する樹一。「私は絵の上がりの効果に捉われて、題材として養殖の鮎と野じめのスズキを選んでしまった、料理は芸術だなんて頭でっかちのキザなことを言って、肝心なところを見落としてしまうなんて。山岡さん、私は毎朝、河岸に買い出しに行き、調理をします」「それでお父さんも安心して、あなたの店を継がせますよ、樹一さん」