作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(106)」 | ロロモ文庫

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日本風カレー(後)

しはらくしてマイダス王に現れた山岡と栗田に新作カレーを食べてもらう栃川。「畑の牛肉と言われる大豆の製品はどうかと考えまして、中でも一番しっかりして煮崩れしない物と言うことで、厚揚げを使ってみたんです」「ふうむ」「ついでにこっちも召し上がってください。精進料理からヒントを頂きました。生麩をさっと油で揚げてから、ルウに合わせてみたんです」

このカレーは失格と言い放つ山岡。「このカレーには心弾ませるものがない。厚揚げは大豆の蛋白質、生麩は小麦の蛋白質。味も悪くないし、体にいいだろう。しかし精進料理を食べて、心が浮き立ったりするだろうか」「う」「それに厚揚げも生麩も肉と違って、力強い味がないから、食べた時にかえって淋しい感じを抱かせるみたい」

「それからカレーの香りだけど、虎沢さんはカレーの香ばしさが今一つ足りないと言ったね。その理由はわかってるだろう」「はい、昔からの日本風にカレーと言うのは、小麦粉と一緒にカレー粉を炒めるんです。でも炒めると、確かに香ばしさは出ますが、他の香り成分は飛んでしまって」「使うカレー粉の全体の3分の1を炒めて、残りの3分の2を炒めずに使えばいい」「あ、そうか」

「カレー粉を炒めて、今よりもっと香ばしくすると、厚揚げや生麩なんかでは、余計物足りなくなる」「ええ。一体何を使ったらいいのか」「魚介類は試したのね」「タラも失格でしたし、海老なんか今更って感じだし、エイとかアサリも弱いし」「鯨やイノシシはどうかしら」「それは高価だ。それじゃ気軽にカレーショップに出せない」「そうです。安い値段で売るためには、いつでも安価に仕入れられるものでないと」「そんなものあるのかしら」「大丈夫だ。俺に任せろ」

朝江とともにマイダス王に現れる虎沢。「これが最後だ。今日、ろくな物をたべさせなかったら、二度とわしと朝江の前に姿を現すでないぞ」「はい」「本当ならこの間で最後だったんだ。それを朝江が泣いて頼むから、特別にもう一回機会を与えてやったんだ」「わかりました」

栃川のカレーを見て、なんだこれはと呟く虎沢。「苦し紛れにおかしな材料を使いおったな。む、むう。これはどうだ。とろっとした舌ざわり。豊満なコクのある味。コンソメスープに似た上品だが力強い風味。いったいこれは」「牛の骨髄です」「なに」「牛のスネ、または大腿骨を一口サイズに切って、野菜や香辛料と一緒に煮ます。それにルウを加えて、さらにじっくり煮込みます。仕上げに入る前に、骨から髄の部分だけ、ぬるりと押し出します。それをまた少し煮込んでやったのがこれです」

ううむと呻く虎沢。「骨髄カレーとは。うむ、香りも一段と香ばしくなっておる。それなのに、この骨髄は実に力強くカレーの香ばしさを受け止めて、カレー全体の味を豊かに膨らませている」「……」「栃川、皆さまに感謝しろよ。この骨髄カレーはお前が考えたのではなかろう。ここにおられる方のうち、どなたが教えてくださったのじゃろう」「は、はい。教えていただきました」

「おじいちゃん。でも、栃川さんは」「よい、よい。こんな美味しいカレーの作り方を伝授してくださるからには、そのお方は栃川のことをよほど信用してくださってるに違いない。人間にとって、一番大事なのは、他の人間の信用を得ることだ。だが、ここ数年、お前は信用を失うことを積み重ねてきた。そんな男に可愛い孫娘をどうしてやれようか」「先生」

「しかし、この骨髄カレーじゃ。この味はお前が人様の信用に応えることができるようになった証拠と見よう。朝江と協力して、もっと信用にお応えできるように、力を尽くすがいい」「おじいちゃん」「先生。ありがとうございます」