作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(101)」 | ロロモ文庫

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黄金の意味

ニューギンザデパートで「黄金の文化展」を開いた板山は、家康が作らせた純金製の茶道具を山岡と栗田に見せる。「これがツタンカーメンの黄金象と並ぶもう一つの目玉だよ。家康は凄いよねえ。私もいくら成金と言われても、こんな物を作るほどじゃないよね」「ま、しかし、金の釜には意味があるね」「金の茶釜で沸かしたお湯は美味しいとか?」「あり得ると思うね」

「ほお。お湯の中に金は溶けだして、旨くなるのかね」「その逆です。金は非常に安定した物質ですからね。濃塩酸と濃硝酸を混ぜて作った王水と呼ばれる溶液以外には、酸にはアルカリにも溶けません。ほかに物質と化学反応をしないのです」「ほう」

「と言うことは水の味を変えないと言うことです。鉄の茶釜だと微量ながら、鉄分が溶けだして、それがお茶の中のタンニンと結びついて、お茶の色を悪くすることがあるんです」「すると、家康も権力を見せびらかすために、黄金の茶道具を作った訳じゃないんだな」「いや、これは単なる見せびらかしでしょう」「やっぱり」

金箔入りの酒を旨いと言う板山に、何を言ってるんですと笑う山岡。「金は王水以外には溶けない。ましてや日本酒になんか溶けることは絶対にない。溶けないのに金の味がどうしてするんです」「だから、金自体の味が日本酒の味と合わさって」「金自体は何の味もありません」

「うう。金自体に味がなくても、金があるおかげで、酒の質が向上して、味がよくなるのかも知れんぞ」「金はそのような化学反応には関わり合いにならないんです」「じゃあ、なんで酒の中に金箔なんか入れるんだ」「それこそ金の魔力でしょう。金箔が入っていると、豪華に見えて、美味しく思えるんじゃないでしょうか」「うむむ。山岡君はそんなことを言うと思ったわい」

山岡と栗田に純金のスプーンを見せる板山。「これは凄い」「見事な美術品だわ」「なんでも17世紀のロシア製で、ロシアの皇帝の愛蔵の品だったのを、ある日本の外交官が、その皇帝から頂いたのだそうだ」「こりゃ大変に価値のある物ですよ。金の価値より、美術品としての価値の方がはるかに高い。どうして、これを黄金の文化展に出品ならなかったんですか」

訳があって出せなかったと言う板山。「このスプーンは美術品に売りに出ていたが、なかなか買い手がつかなかった。と言うのは、持ち主が売り渡したあとも、このスプーンを使わせてもらうことを条件につけていたからだ」「きっと、前の持ち主にとって、よほど大事な物だったのね」「私はすっかり気に入って、その条件を受け入れて買ってしまったんだよ。そして、今日がこのスプーンを前の持ち主に貸す日なんだ」「そうか。それじゃ黄金の文化展に出せませんね」

そこに現れる前の持ち主の外村。「今年も厚かましいお願いにあがりました」「お待ちましてたよ。こちらは東西新聞の山岡君と栗田さんです。今、このスプーンを二人に見せていたんです」「ほんとに素晴らしいスプーンですね」「ありがとうございます。これは私の亡くなった主人の父が、最後のロシア皇帝、ニコライ2世陛下から頂いた物です」「まあ、道理でただ事ならぬ見事さだと思いました」

「戦後、主人は不運続きで、財産も全て失いましたが、このスプーンだけは手離しませんでした。主人が亡くなってみると、後には借金が残っており、私はこのスプーンを売るより、ほかに借金を返済する手だてがなかったのです」「……」

「主人は亡父の命日には、いつもこのスプーンを食卓に並べました。だから私はせめてこのスプーンを売ってしまったあとも、主人の亡き父の命日には、このスプーンをテーブルに並べて、主人と主人の父の魂を慰めたいと思いまして、年に一度だけ貸してくださることを条件にして、売りに出したのです」

「では、明日がご主人のお父さんのご命日なんですね」「主人の命日でもあります」「ほう。それでは、明日、このスプーンを使うことは意味があるんですな」「でも、もうこのスプーンを使いません。このスプーンを必要とする食べ物は大変高価で、今の私にはとても買えませんから」「へえ、このスプーンを必要とする食べ物って何です?」「……」

外村に聞く山岡。「今日スプーンをお持ちになる代わりに、明日、板山社長がお宅にお届けすると言うのはいかがでしょう?私たちもご主人たちの御命日に何かお供えさせていただきたいのです」「まあ。主人は大変お客様が好きでしたから、皆さまに来ていただければ喜ぶと思います」「ふむ。山岡君は何か企んでるな」

スプーンを外村に渡す板山。そのスプーンにふさわしいものを持ってきたと言う山岡。驚く外村。「これはキャビア。それもパリのペトルシアンの最高級品。どうして、主人の大好物がキャビアだとおわかりになったんですか」

説明する山岡。「ロシア皇帝の純金のスプーンで、おまけに柄にチョウザメの浮き彫りがしてあれば、何に使うのかはすぐわかりますよ。キャビアのカスピ海産のチョウザメの卵ですからね。このスプーンが純金で出来ているのも単に贅沢を誇示したかったからではありません。ほかの材質だと、折角のキャビアにスプーンの匂いと味をつけてしまうので、純金を使うのです」「私の主人もそう言っていました」「ふうむ。純金は化学的に極めて安定だから、キャビアの風味を損なうことがない。純金もこういう使い方なら意味があるんだなあ」「金箔入りの酒とはだいぶ違いますねえ」「むむ」

ウオッカを差し出す山岡。「キャビアにはウオッカが一番」「ええ、主人もそう言ってましたよ」「この黒パンを薄く切って、その上にキャビアをウソっと叫びたくなるほど、ごってり乗せて食べましょう」「まあ、山岡さんは何から何まで主人と同じことを」