作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(84)」 | ロロモ文庫

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根気と山芋

鎌倉の谷村の家に年始に行き、その帰りに端泉寺を回る山岡と栗田。「やれやれ、昔はこのあたりは静かだったけど、こんなに観光客目当ての店が出来て」「士郎さんじゃありませんか」「あれ、もしかすると一夫さん?」「そうです。平井一夫です」「驚いたなあ。何年ぶりだろう。噂では関西でヤクザになったと」「い、いえ、今は足を洗って、すグ近くに店を出しています」「へえ、そうなの」

自分の店に山岡と栗田を連れて行く平井。「いらしゃいませ」「女房のともえです」「初めまして」「この一夫さんのお父さんは美食倶楽部の調理場で働いていて、その縁で俺たちは子供の頃から知ってるのさ」「そうなの」「お母さんはどうしてるの。俺は一夫さんのお母さんのおさとさんに可愛がってもらったんだ」「はい。親父が亡くなったあと、この鎌倉の雪ノ下に住んでいます」

「じゃ帰りに挨拶していこう」「ありがとうございます。おふくろも喜ぶと思います」「それにしても、こんなに客が来ないと困るんじゃないの」「主人の腕はいいと思うんですが」「ふむ。美味しいのかも知れないけど、メニューは平凡だ。売り物となる料理がない」「はい。私も何とかしようと思っているのですが」

雪ノ下のおさとの家を訪ねる山岡。「まあ、士郎さんじゃないの」「どうも」「ご無沙汰しちゃって。でもここを誰に」「一夫さんと偶然出会って」「よ、よお、おふくろ」「この蛆虫め。近寄るんじゃないと言っただろう」「かあさん」「ええい。汚らわしい。お前みたいなケダモノのかあさんと呼ばれるほど、落ちぶれちゃいないんだよ。とっとと失せやがれ」

一夫に私たち夫婦は散々苦しめられたと山岡と栗田に語るおさと。「一夫は中学の頃からグレはじめ、高校の時はヤクザの事務所に出入りしてました。そのうち、関西に行くと言って姿を消しました、警察の方に聞いたところでは、関西の暴力団の組員になったとか。主人が早死にしたのも、一夫のことを心配しすぎたからです」「……」

「その一夫が去年姿を現して、カタギになったと言うんです。何を今更と私は腹が立って、二度と近寄るなと言ってやったんです」「一夫さんの悪い噂は俺も随分聞いたからね。でも今は真面目になったみたいだよ。奥さんと小さいながらも料理屋を始めて」「そんなもの当てになるものですか。あれは全然根性がないんです。努力や我慢ができないんです。私は騙されません」

おふくろが私を許さないのは当たり前だと語る平井。「でも今度こそ真人間になる自信があるんです。女房がいるから」「あなた」「しかし、おふくろさんの許しを得るには、長い時間をかけて、誠意を尽くすしかない」「はい。いつの日かおふくろを自分の店に呼んで、おふくろの好きなトロロ汁でも食べさせてやれたらと思います」

「トロロ汁か。そう言えば、おさとさんはトロロを作るのが上手かった、え、トロロ。鎌倉は宝の山じゃないか」「え。宝の山?」「一夫さん。お宅の店の売り物になるメニューを思いついた。今度の土曜日、俺と付き合ってくれ」

鎌倉の山の中に入る山岡と栗田と平井とともえ。「その宝はどこにあるの」「ここさ」「ここって、何もないけど」「これだよ」「この枯れたツル草がどうしてお宝なの」「この下を掘ればわかる。ほら、あった」「これ、何」「山芋さ」「山芋がどうして宝なの」「まあ、待っての」「士郎さん、変わります」「ああ」

掘り始める平井。「乱暴にしちゃダメだぜ。芋が途中で折れたら価値がない。山芋は長い物は2メートル近くになる。それを途中で折らずに掘り出すのは、根気と大変な労力が必要なんだ。いい加減な人間にはできないぜ」「そうか。そうだったのね」「あなた、頑張って」2メートル近い山芋を掘り出す平井。「一夫さん。君の根性を見届けたぜ」「士郎さん」「素晴らしい自然薯だ。最高のトロロ汁ができるぜ」

最高のトロロを食べられる店があると言っておさとを連れだす山岡。「あ、ここは」「いらっしゃいませ」「士郎さん。私はヤクザの店で物は食べたくない」「おさとさん、俺を実の子のように可愛がってくれたじゃないか。その思い出に免じて、一度でいいから、ここでトロロを食べてくれないか」「……」

平井のトロロ汁に驚くおさと。「この香り。その辺で売ってるやまと芋とか長芋と違うよ、ああ、自然薯の香りだ。ああ、この味だよ。どっしり腰があって、濃厚で、味が口の中で膨らんで、しかもすっきりした後口。舌や唇に感ずる刺激がたまらない。そしてこの喉こし。ああ、なんて美味しいトロロだろ」

自分の掘った自然薯をおさとに見せる平井。「これを掘ったのが一夫さんさ」「お前が。本当かい」「うん」「芋がいいだけじゃない。丁寧にすり鉢ですってある。どんなに芋がよくても、手抜きしたら、自然薯の香りもコクも出ない。立派ないい仕事だよ。今度ばかりはお前が真人間に戻ったのは本当かもしれないね」「かあさん」

「お義母さん、信じてあげてください。うちの人、お義母さんに美味しいトロロを食べてもらおうと、手を血豆だらけにして」「お前たち、明日、うちに来ないか。父さんが死んでから、ずっと寂しい正月が続いてね。今年のお正月、やり直そうよ」「お義母さん」