作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(37)」 | ロロモ文庫

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臭さの魅力

東西新聞とフランスの新聞社ルタンが提携をすることになり、ルタンの社主ショーバンを日本に招待して祝宴が開かれる。挨拶するショーバン。「東西新聞と我が社の間に提携が結ばれたことを大変嬉しく思います。東西新聞が我々同様、世界のジャーナリズムの檜舞台に立てる日が来るよう、我々は協力を惜しみません」それを聞いて、むっとする大原。

「本日の料理は日本側とフランス側はそれぞれ腕によりをかけた競作で、言わば日仏料理の対抗戦というわけです」「日本料理も確かに料理の一つのジャンルではあるが、オードブルの連続で、メインディッシュが存在しないのは奇態だ。真正面からフランス料理と競い合うだけの力があるか疑問だね」それを聞いて、むかっとする大原。

マツタケをショーバンに自慢する大原。「日本では最高の美味として珍重されるんですよ。キノコの王者ですな。特にこの香りをお楽しみください。実に陶然となる芳香です」「これがキノコの王者とは滑稽ですな。これはなんだかオカクズとカビの混ざったような匂いだ」「何ですって」「シロアリじゃあるまいし、こんな匂いに食欲を感じるとは」「無礼な。私たちをシロアリ扱いするか」

トリュフを大原に自慢するショーバン。「これがキノコの王様です。地面の中に出来るキノコで、豚に嗅ぎ当てさせて探し出すのです。ああ、この香り。体中に生気が湧き起こり、活力がみなぎって来る」「これに何か香りがあるんですか」「なに」「味だってどうってことないし、舌ざわりはジェリービーンズみたいだし」

「ジェリービーンズだと。あの味覚の野蛮人、アメリカ人の好物の嘆かわしい駄菓子とトリュフを一緒にするのか。なんてことだ。トリュフの香りも味もわからぬ人間と同じテーブルを囲むとは」「何を言うか。マツタケの香りも味もわからぬ味音痴の嗅覚ゼロの男が。第一なんだ、こんな恐竜のウンコの化石のような汚らしいキノコは」「なんだと。もう我慢ならん。こんな野蛮人が社主をする新聞社と提携なんてまっぴらだ。私は帰る」「こっちから提携はお断りする。トリュフみたいにロクでもない記事を勿体ぶって送られても困るからな」

大原とショーバンは反省して提携は予定通りに落ち着いたと山岡と栗田に話す小泉。「それで祝宴をやり直すことになったが、私は頭を痛めているんだ。山岡君、何かいい考えはないか」「日本人とフランス人が食べ物のことで喧嘩した後、円満に手打ちしたいとなると、中国人に頼むしかないか」「中国人?」「わかったわ。周大人ね」

琵琶湖畔のホテルに集結する一同。「場所を変えれば気分も変わるし、一緒に旅行すれば打ちとけやいと周大人がここに来ることを勧めてくれたんだす。料理の方は神戸の中華料理屋の名料理人が最高の材料を抱えて、出張してくれるはずです」

しかし料理がイマイチだと心配する小泉。そろそろデザートだと言う周。「フランス料理ではデザートにチーズを食べますが、今日の料理のあとだったら、どんなチーズはいいですか」「そうですな。今日はあひる、豚、うなぎなどこってりした物が多かったから、匂いの強いチーズがいいですな」「なるほど。ではこれは如何でしょう」

リバロが出てきて喜ぶショーバンであったが、大原はこの匂いがたまらんと絶叫する。続いてクサヤが出てきて、なんだこの匂いはと絶叫するショーバン。「この食べ物は腐ってる。捨ててくれ」「なんですと。クサヤは酒の肴に最高のものだ。この香りがわからんのか」

はははと笑う周。「お二人とも何を言ってるんですか。中国人の私から見れば、このチーズもクサヤも臭くてたまらない。率直に言わせてもらえば、両方とも肥溜めの匂いですな」「肥溜め?」「自分たちが良い香りと思い込んでいる物が、他人には悪臭としか思えないことはよくあるのです。中国にはこういうものがあります」「凄い匂いだ」「これは腐乳と言います。豆腐を発酵させた物です。我々はこれを調味料として用います。一度この味を覚えたら、病みつきになります」

説明する山岡。「今、お出ししたチーズはウォッシュタイプと言って、チーズを熟成させる時に、表面をワインで洗ってやるのです。チーズの周りには色々な菌がつきます。ライネンス菌がチーズの強烈な香りを出す働きをしますが、エメンタールのようなチーズはこの香りがつかないように、表面を毎日拭きます。一方、リバロのようなリーズはわざとライネンス菌が繁殖しやすいように、ワインを表面で洗って、適度の湿気を与えてやるのです。するとライネンス菌の働きで、表面は茶色にネバネバし、この強烈な香りが生まれます」

「クサヤの方は、干す前につけ汁に漬けこみます。このつけ汁と言うのは、塩水に魚肉のエキスが溶け込んだ物で、場所によっては内臓も入れると言います。そのつけ汁は足りなくなるとつぎ足す形で、江戸時代から中味は変えませんが、細菌が働いて変質します。それが、このクサヤの強烈な匂いの元です。しかしそれ自体、有害な細菌を殺す力を持っています。そのつけ汁を塗ることで、他の菌による腐敗を防ぎ、味も良くなるわけです」

「腐乳も豆腐にわざと乳酸菌を働かせて作ったものです。この三つに共通しているのは、蛋白質に微生物を働かせて作ったと言うことです。その結果、蛋白質は分解されて、豊かで奥深い味になる。問題はその時同時に生まれる香りです。民族固有の好みの差と言うものはありますが、旨いモノは誰が食べても旨いはずです。それがわかれば匂いも気にならなくなるはずです」

反省する大原とショーバン。「ショーバンさん、これはいかがです?」「これは?」「ああ、鮒寿しじゃないか」「これも香りが強いな。しかし、この香りはチーズに近い。む、これならいける」「へえ、鮒寿しがわかるんですか。日本人でも食べられない人がいるのに」「いや、これは旨いです。こってりして豊かで鮮烈で」「わざわざ、琵琶湖までお連れしたのは、気分転換もさるころながら、実はこの鮒寿しを作るところをショーバンさんにお見せしたかったんです」「ほう」

説明を受けるショーバンたち。「鮒は3月から4月にかけて、卵を一杯に持ったニゴロブナを取って、すぐに塩漬けにします。この時、内臓は抜くが、卵を傷つけぬようにするのが、難しいところです。それを夏の土用の頃にキレイに塩を洗い流し、頭から喉にご飯を詰め、それをご飯と鮒と交互につけこみます。途中、桶の上に張った水を毎日とりかえてやります。冬になるともう食べられるようになるのです」「うむ」

「これは去年つけたものです。一年以上経っています」「へえ。腐らないですか」「鮒寿しはなれずしの種類の一つです。元々は魚を保存するための物なのです。だから腐ったりしませんよ」「ぷうんといい香りがしますな」「乳酸菌の香りだ。チーズも乳酸菌の力で造るんですよ」「そうです。乳酸菌のおかげで鮒がそのまま食べるより、もっと美味しいものになるんです。頭の骨も背骨を柔らかくなって、そのまま食べられるんですよ」「むう。昔の人の知恵は大したものですなあ」

鮒寿しのお茶漬けを楽しむ大原とショーバン。「面白いことですな。洋の東西を問わず、微生物の力を借り、蛋白質を分解して、より旨いモノを作るんですから」「チーズはフランスの食文化の誇りだが、鮒寿しも日本の食文化の素晴らしさの一端を物語るものですな」「クサヤとマツタケもね」「勿論。食べなれば私だってマツタケやクサヤの味がわかるようになる」「私もトリュフやウォッシュタイプのチーズの味がわかるようになりますよ」