作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(13)」 | ロロモ文庫

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日本の素材

「本日はようこそおいでくださいました、このたび、東西新聞の招きで来日されたフランス料理批評家のジャン・モレル氏についてはご紹介するまでもないと思います。モレル氏は日本のフランス料理の実情を自分の舌でお調べになり、来年のレストランガイドに報告記事を書かれると言うことです。それで本日は東京のフランスレストランの名シェフと呼ばれる方々にお集まり願い、料理の腕を振るっていただこうと言う趣向でございます」

「まず「シェ・デモン」の町本シェフが調理したサラダでございます。ザリガニのサラダです。フランスから空輸したザリガニを使い、上にトリュフを散らしてみました」「続いて「ル・シャノワール」の才川シェフのテリーヌでございます。鴨のフォアグラ、鳥肉、ウサギ肉の三種テリーヌの盛り合わせです。勿論フォアグラはフランスから空輸したものです」「次に「フランス亭」に松井シェフの調理したスズキでございます。パイ皮で包んで焼き上げました」

「モレルさん。今までのところはいかがでしょう」実に美味しいと褒めるモレル。「しかし最低の料理です」「え」「今食べた料理の背後にはフランスのシェフの姿が透けて見えるのです。原型は私がフランスで食べたことのあるものばかりです。それを日本人シェフは改良し、味としては申し分ないモノに仕上がっています」「……」

「しかし、あくまでもオリジナルはフランス人シェフのものです。料理は芸術なのです。画家や作家が他の人間の作品と取り入れたら、芸術家として失格です。コピーより本物がいいに決まっています。今日の一件で日本人の味覚がどの程度かわかりました」

モレル氏の言うとおりだと呟く山岡。「ピカソに絵を習ったからって、同じ絵を描いてどうなるもんじゃない。大原社主、今度は俺にモレル氏を招待させてください」「君が?」「モレル氏の味覚に挑戦です。日本人の味覚を賭けて」

馴染みのビストロのシェフの関上にモレルのための料理を作れと命令する山岡。「でも、僕はフランに留学したこともないんですよ」「それがかえっていいのさ。フランスの呪縛から逃れていられる」「そうですか」「まず第一に材料を選ぶことだ。フランスから取り寄せた材料にこだわる必要はない」

市場に行き、魚と貝のあてはついたと言う山岡。「あとは牛肉だ」「これが問題ですね」「長崎に行こう」長崎県・平戸に関上を連れて行く山岡。「この辺の牧草は海からの風を受けて、塩分を含んでいる。フランス人は海辺の塩分を含んだ牧草で育った羊の肉を珍重する。だから同じ牛肉でも神戸や松坂より、こっちの肉の方がわかるはずだ」「ビールを飲ませて肥らせた肉より、締まった肉の方を好みますしね。こんな場所で育った牛なら美味しいに決まってますよ」

まず蒸しアワビの冷製をモレルに食べさせる山岡。「このアワビは燻製ではない。単なる白ワインを使っての蒸し煮でもない」「江戸時代から続く浅草の寿司屋に教わった江戸風蒸しアワビのやり方だ」「日本の技法か」

「次はコンソメのスープです」「材料を言わないところを見ると、当ててみろと言うことか。これはウミガメのスープ、いや、違う。しかし、他にこんなに豊かで優雅な味を出すものは」「正解はこれ。スッポンです。スッポンのスープは日本でも最高の珍味の一つです」「なるほど」

「熱いですから、気をつけてホイールを破ってください」「おお、いい香りだ。この魚はマスかサケの子?」「いいえ。鮎です。川底の石についたコケを食べるので、香りがとてもいいんです。これを絞ってかけてください」「それは何だ」「スダチです」「これは素晴らしい。魚の香りとレモンより遥かに鮮烈で清々しいスダチの香りが、混然となって鼻をくすぐる」

「さあ、本日のメインディッシュです」「これは?ステーキかと思ったら、全然焼けていない。生肉なのか?いや、生ではない。一見生だが、ちゃんと火が通っている。わかったぞ、もっと大きな肉の塊をそのまま焼いて、その中心部分だけを取り出した。日本にもこんな牛がいたのか」

肉もうまいが問題はソースだと言うモレル。「ポルト酒と肉汁を合わせ、そこにバターを少々、その中にトリュフとシャンピニョンの霰切りが入っている。そこまではわかる。だが一つ隠し味が何か使っている。それがわからない」

ウオオオと叫んで厨房に行くモレル。「私は国に帰ったら、レストランガイドに日本のレストランのことを書きます。君のことは大々的に取り上げる。君には二つ星をあげましょう。だが、この隠し味を教えてくれたら、三ツ星をあげよう。さあ教えてくれ」

教えられないと言う関川。「ソースの秘密だけは」「うーむ。そうだろうな。ソースはシェフの命だからな」「……」「ありがとう、山岡。素晴らしい料理と素晴らしい料理人に会えました。君のおかげです」「そう言って頂いて、ホッとしました」

関上に聞く栗田。「あの隠し味って何なの?そんなに凄い秘密なの」「はあ、その、フランス料理にはルール違反なんですが、醤油を一滴入れたんです」「えっ」「牛肉に一番合うソースは醤油だと忠告してくれる人がいましてね」「山岡さんね」