作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(11)」 | ロロモ文庫

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活きた魚

軽井沢に完成したゲストハウスに客を招く大日エレクトロンの黒田社長。「本日は我が社のゲストハウス落成記念の宴にお集まりくださって、ありがとうございます。本日はお客様方の他に、我が社の勤務成績優秀な社員とその家族も何組かご相伴させていただいております」

「私は食道楽が嵩じまして、自分で料理するのが何よりも楽しみとなりました。本日は私が腕を振るいまして、皆さまにご料理を作って差し上げたいと思います。まずはシマアジの活け造りを召し上がって戴きます」

「おおっ、凄い。水槽が下からせり上がってきた」「ひゃあ。見事な魚が」「うわあ、パパ。水族館みたいだよ」「ご覧ください。この見事な姿を。大島沖で取れたシマアジの特上モノです」

玄人はだしの包丁さばきでシマアジの刺身を作る黒田。「さあ、どうぞ」「いやあ、素晴らしい。魚も凄いし、社長の腕がこれまた」「お気に召しましたか」「私、もうほかでお刺身食べれませんわ」「わっはは。どうだ、坊や。お刺身、美味しかったかい」「ううん。ちっとも美味しくなかった」

「これ、悟。何を言うの」「はっはっは。子供にはシマアジみたいな高級魚の味は難しかったなじ」「三崎のおばあちゃん家に遊びに行くと、よくシマアジ食べさせてくれるから知ってるよ」「悟、黙りなさい」「そりゃ坊や、生きたシマアジじゃないだろう。活け造りとは味が違うよ」「でも本当だもん。おばあちゃんのとこのシマアジの方が美味しいもん」「何と言う不愉快な」「社長、失礼の段、お許しください」「折角の会をめちゃめちゃにしてくれたな」

呟く山岡。「その子の言うとおりです。このシマアジはちっともうまくない」「何だと。貴様、どういう了見で私の料理にケチをつけるんだ」「口で言ってもわかりますまい。本当にうまいシマアジを持ってきましょう。それを食べてもらえれば」

三崎港で仕入れたシマアジを持ってきた山岡に激怒する黒田。「なに。死んでるじゃないか」「死んでいます」「ふざけるな。魚は新鮮さが命だぞ。死んだ魚の方が、うちの水槽の中で生きてる魚より旨いと言うのか」「ふざけてるかどうか、ご自分の舌で試したらどうですか」「うぬぬ」

山岡の刺身の旨さに驚く黒田。「それに比べて、私のはまるで気が抜けたようだ。こんなバカな。どうして死んだ魚より味が落ちるんだ」「活きがいいのは見た目だけのこと。ほんとうはお宅の水槽の中の魚は死んだ魚より、活きが悪いのです」「なんだって」「黒田さん。この水槽のシマアジはいつ届いたんだ」「五日前だ」

「すると大島沖で取れて、軽井沢まで運ばれて、今日で一週間は経ってますね。その間に餌は?」「やらんよ、そんなもの」「そうですか。人間だったらどうでしょうね。一週間も食事をしなかったら。しかも、それまでの生活環境と違う狭い檻に入れられて、遠い所に送られたら。やせ細ってやつれてしまうでしょうね」「あ」

「魚は野性の生き物です。環境の変化に敏感です。お宅の水槽の中のシマアジは疲れ切っているのです」「それで味が抜けたように感じたのか」「一方、私の持ってきたシマアジは取れたばかりのところを殺して血抜きをした。いわゆる活けジメと言うやり方です。こうすれば海で元気よく泳いでいた時のままです。味は変わりません」

反省する黒田。「大人はみんな見た目で騙された。しかし、あの少年の純粋な心は騙されなかったと言うことか。私はあさはかだったな。食通気取りでバカなことを」「わかってもらえればいいんです」