作:雁屋哲、画:花咲アキラ「美味しんぼ(10)」 | ロロモ文庫

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手間の価値

横浜中華街の有名店である宝華飯店に栗田と言った山岡はそこで出された豚バラ煮込みは出来損ないだと言い放ち、主人を激怒させる。「出来損ないとはなんだ。味もわからんくせに」「まずいモノはまずい。俺は正当のことを言ってるだけだよ」「うちの店は新聞や雑誌でいつも褒められている。有名人のお客さんも沢山来てくれるんだぞ」「ここに来る有名人はみんな味のわからん連中ばかりのようだな」「なんだと」

包丁を振り回す主人の手を掴む男。「やめんか」「周大人」「私は周懐徳と言います。ここは私に免じて事を治めてください」「ふん。日本人に中華料理の味がわかってたまるか」「客にひどい料理を出しておいて威張るとは呆れたもんだ。お前よりはるかに旨い豚バラ煮込みくらい作れるぜ」「何を。日本人のくせに中国人より旨いものを作れるだと。ふざけるな」「ふざけてない」

やれやれと呟く周。「このままじゃ治まりがつかんようです。本当に作れるなら私が審判役を務めましょう。私も中国人として日本人がどの程度作れるものか試してみたい。ここでは何ですから、私の家に来てください」

周の豪邸に驚く山岡と栗田。「私の家は祖父の代から日本に住み着いて、貿易商を営んでいるのです。この台所を自由に使ってください。道具も調味料も全部揃っています」「大きな台所。個人の家の台所とは信じられないわ」

早速、豚バラ煮込みを作り始める山岡。「皮付きの豚バラ肉を使う。まず皮の表面の毛を取り除くためにカミソリで剃り、剃り残した毛がないよう火で炙る。その肉を軽く茹で、表面に醤油と酒の染み込んだ肉を油で揚げて、色と香りをつける。その肉を皮を下にして深皿に並べ、醤油、酒、しょうが、スープを入れる。その皿ごと蒸し器に入れて、あとはこのまま二時間待てばいい」「へえ、随分手間がかかるけど、特に難しい技術はいらないみたい。これで本当に宝華飯店のより美味しいのができるのかしら」

判定する周。「山岡さんが作ったのは本当のトンポーローです。それに比べると宝華飯店のはタダの豚バラ煮込み。それも煮込みが足りない。ゴリゴリした歯ざわりだ。それに宝華飯店のトンポーローは皮もついてない。山岡さんの方はちゃんと皮つきの肉を使ってある。これでこそ本物だ。皮の部分がゼラチン状にネットリした舌ざわりを与え、その下の脂身がトロリと溶け、そして赤身の部分がシットリほぐれる。三つの味が見事な和音を口の中で奏でるのだ」「……」「残念だ。中国人が中華料理で負けるとは」

「山岡さんが出来損ないと言った理由がわかったわ。宝華飯店の方は、まだ作りかけって感じ」「トンポーローは皮つきの豚バラ肉を丁寧に処理して、根気よく蒸し煮するだけだ。宝華飯店も昔はちゃんとしたトンポーローを作っていたはず。しかしマスコミで取り上げられ、客が沢山押しかけるようになると、ついつい手間を惜しむようになった。とても2時間も蒸し煮にかけられないと言うことだ」

「宝華飯店は有名になったばかりにダメになったのね」「悲しい話です。有名になって堕落する方も悪い。しかし日本人も悪いんですよ」「そうだ。誰かが本か何かで褒めると、どっと詰めかける。自分の舌で判断せず、有名店だと言うことだけでありがたる。これじゃ店の人間が堕落するのも当たり前だ」

「そうか。ダメになったのは日本人のせいなのね。でも、このトンポーローは素晴らしい料理だわ。究極のメニューに加えたら?」「ほう、なんですか。その究極のメニューと言うのは?」「ああっ、周さんみたいな食通の方に協力していただいたら、究極のメニュー作りは凄いことになるわ」「ふむ。これは凄いぞ」