浦沢直樹「MASTERキートン(43)」 | ロロモ文庫

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白い雪とノアの箱舟

イタリア・カルニケ山脈にある山荘から電話をする太一。「今、例のジョナサン山荘に来ています。彼もここに来るはずなんですが、なにしろ、この大雪じゃ」山荘はオーナーのナカルトロ夫人、管理人、ちょっと知恵遅れであるが気の優しいステファーノの3人で切り盛りしていた。そこに息も絶え絶えの状態で、ベイマーがやってくる。

気を失いながら、少年時代を思い出すベイマー。ジョナサン師が説教をする。「皆さん。神は再び、我々に裁きをくだそうとしています。我われはどうなるのか。渦巻く波に飲み込まれるのか。ここで皆さんに、キャプテン・クロスを紹介しよう。この世で天使を見た数少ない人物です」話し始めるベイマー。「母に捨てられたその日はとても寒かった。大雨が降っていました。僕は呆然として街角の明かりを見ていました。そのとき、天使を見たのです」

正気に戻るベイマー。話しかけるナカルロ夫人。「ようこそ、ジョナサン山荘へ」「変わったホテルですね。まるで教会のようだ」「ここは教会でしたのよ。ある偉大なキリスト信者が建てられたの。いつか、この山荘がふもともマルス村を救うことになると。あなた、20年前、宗教界に吹き荒れた「聖なるジョナサン旋風」を知らない?」「さあ」「そう。彼は偉大なる預言者として現れ、世界の終末を説いたの。そして迫害を受け、稀代のペテン師として死んだ」「私は神とは無縁でしてね。信じているのは科学です」

また少年時代の夢を見るベイマー。ジョナサン師に新聞記者がインタビューする。「予言の話しですが、本当に南ドイツに大洪水が来るのですか」「それが神の御心です」「あんたは多大な寄付金でヨーロッパ各地に贅沢な別荘を建設中だと」「無礼な。誰かこの男を追い出してくれ」

ジョナサン師に質問するベイマー。「どうして、あなたは僕をキャプテンと呼ぶんですか」「夢を見たんだよ。お前が船に乗っている夢をな」「……」「それは大きな箱舟のようだった。水槽の中のアダムとイブはどうだ」「ええ。毎日梯子を上っています」「2匹のカエルは、きっとお前と箱舟に乗るだろう」

目覚めたベイマーは太一に話しかける。「ノアは実在したと思いますか」「1883年に、トルコ軍の雪崩調査隊がアララト山の山頂で、巨大な船の残骸を見ています。ロシア軍がアララト山中で撮った箱舟の写真が革命で紛失したという伝説もありますし」「いずこも同じ、詐欺師の口上だ」

「いや、1955年に発見された木材は5000年前のものだと言われているし。5年前にはアンカラ大学とハーバード大学の合同調査団が派遣されています。私はあながち嘘だとは思ってません」「あなたは夢があっていい。そのあなたが探偵だとは」「……」「ここがよくわかりましたね」「あなたの過去を調べたんです」「私のやったことはたいしたことじゃないでしょう。あの男は大金持ちだし、保険会社にだって迷惑をかけていない」

2人はミシミシという嫌な音を耳にする。「雪崩がやってくる。早くここを脱出しないと」しかし、山荘は孤立した状態になっていた。「雪崩はここをつぶして真下に行くんでしょう」「真下にはマルス村が」「誰か一人でも下へ。ソリか何かないんですか」「スノーモービルだ」しかしスノーモービルはベイマーがステファーノを従えて、持ち出していた。こうなれば道はひとつしかない、というナカルロ夫人。「ジョナサン師の予言とおり、我々が雪崩を食い止めるのです」

スノーモービルを押すベイマーとステファーノであったが、ステファーノは足を滑らせて、転落してしまう。「ははは。じきに奥さんたちが助けに来るさ」「大丈夫。あんたも頑張ってくれ」「頑張ってくれ?」「俺、知ってるよ。あんた、下の村に雪崩を知らせにいくんだろう」「私を信じるのか」「俺、あんたを信じるよ。それに、奥様は言ったよ。あんたはキャプテン・クロスという偉い人だって」「!!」

太一たちは丸太を切ってバリケードを作り始める。そこにステファーノを抱えて、ベイマーが戻ってくる。ステファーノに何をした、とくってかかる管理人を制するナカルロ夫人。「ベイマーさんには村に行って、雪崩のことを知らせるようお願いしたんです」「……」「ベイマーさん。今度は2人を手伝って」「はい」

太一たちはV字型のバリケートを完成させる。そこにズズズズという音が。「来た」「皆さん、中へ」ナカルロ夫人はベイマーに何か面白い話をしてくれと頼む。「はい。稀代の預言者とペテン師の話をしよう。彼は世界各地の大雨や洪水を次々と予言し、多くの信者を獲得していった。それは莫大な献金をもたらした。マスコミが注目し、科学者が疑問を唱え、迫害が始まった。ついに彼は神に見放され、心労から病の床についた」

「彼には一人の熱心な弟子がいた。まだ幼かったが、大切なパートナーだった。少年は師を信じていた。たとえ世間が彼をペテン師呼ばわりしようとも」「キャプテン・クロス。アダムとイヴは元気かね」「元気ですが、梯子には登りません」「じゃあ、明日は晴れだ」「!!」「もうわかったろう。私は詐欺師だ。預言者ではない。全てが科学の応用だ。カエルは温度があがると、水から出て梯子を上る」「嘘だ」「私には神の声など聞こえない。一番怖いのは死だ。天国も地獄もない。人間は偶然の産物だ」「だけど、僕は天使を見たんだ」「もういい。それも嘘なんだろ。俺たちはペテン師だ」「少年は寄付金を持って、どこかへ消えた。そして本当のペテン師になった」

雪崩はやってくるが、山荘は何とか持ちこたえる。ナカルロ夫人に頭を下げるベイマー。「この山荘でやり直させてくれませんか」「大歓迎よ」ほほえむ太一。「村の人たちはこの山荘を望遠鏡で見上げて、面白いことを言っていますよ。ジョナサン山荘はまるで雪原に浮かぶノアの箱舟のように見える、って」