手塚治虫「ブラック・ジャック(72)」 | ロロモ文庫

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シャチの詩

海岸を歩くブラックジャックとピノコ。貝を拾って喜ぶピノコ。「ほや。こんなにとっちゃったわのよ」「この先に入り江がある。そこへ行けばもっと珍しいモノが拾える」その入り江には真珠やサンゴがあった。「先生。ろうちてこんなとこちってるの。ろうちてピノコに教えてくえなかったのよさ」「お前にも教えたくなかったんだ。だがあれが死んで5年にもなるからな」

「らえが死んらんでちゅ?」「私の友人だ。それはみんな友人のものなんだ」「わけを話してね。ピノコにはなんれもお話しなけやいや」「もう過去のことだから」「ピノコ。先生のおくたんなのよ。その友らちって女の子れちょ」「友人というのは人間じゃないんだ。彼は海からやってきだんだ」

5年前、ブラックジャックは本当に孤独だった。心の底から話し合える友人はいなかった。海辺の丘の上に開業しても患者も来なかった。ある日、海岸を歩いていたブラックジャックは傷ついたシャチが入り江に倒れているのを見つける。「待ってろ。応急処置をしてやる。フフフ。面白いな。ここに開業して最初のお客様はお前だ。特別サービスで治療代はまけてやるぜ」

2、3日するとシャチは真珠をくわえて入り江にやってくる。「くれるっていうのか。お前はエチケットをわきまえているんだな」ブラックジャックとシャチの奇妙な交際は続いた。「お前はまた怪我をしてるな。誰かにぶん殴られたか」ブラックジャックはシャチにトリトンと名付け、カルテを作る。トリトンのカルテはみるみる増えていく。10日に1回は怪我をしていた。そのつどトリトンは真珠やサンゴや古い金貨をくわえていた。トリトンの怪我は日増しにひどくなっていた。

ブラックジャックは食堂でトリトンの噂を聞いてしまう。「あのシャチ野郎は我慢ならねえ」「おれは確か銛で一突きしたのに、ケロッと出てきやがる」「おれんところはヤギが食われた」「おれんところは蛸壺がこわされた」ブラックジャックはトリトンに話し掛ける。「トリトン。お前は漁場荒らしで有名なんだってな。漁師たちはお前を目の仇にしているぞ。悪い事は言わん。大海原に出て行け。もう二度と漁場に戻るな。ここへもだ」

しかしトリトンは漁場に現れ、子供を三人も殺してしまう。港では本格的なシャチ狩りが繰り返され、トリトンは半死半生の深手を負う。ブラックジャックはもしやと思い入り江に行く。そこには真珠をくわえてうれしそうにブラックジャックを見つめるトリトンがいた。「ダメだ。トリトン。今度ばかりは治せないんだ」それから毎日トリトンは真珠を加えてやってきた。「治せない。もう治せないんだ」

数日後、トリトンはキラキラ光る真珠に囲まれて死んでいった。「話はそれだけだ。人にこんな話するんじゃないぞ。行こう」「ね。先生。今はひとりぼっちじゃないわよね」