福本伸行「賭博黙示録カイジ・人間競馬・高層綱渡り編(8)」 | ロロモ文庫

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亡霊

佐原の足が止まっていることに気づくカイジ。「佐原。どうした」「くそ。立っているんだ」「え」「さっき突然現れ、それっきり消えねえ。太田のヤローが」「太田?」「くそ。てめえ、いい加減にしろよ。俺は確かにお前を救わなかった。でも恨むのはお門違いだぜ。この橋は自己責任。全て自分の力で乗り切るのは当たり前だ。それをいまさら」「よせ。佐原。口なんかきくな。太田なんか存在しねえ。それは幻だ」

「わかっている。わかっちゃいるが、見えちまうんだからしょうがねえ。くそ。どうしたらいい。奴が前にいるんじゃ」馬鹿野郎と怒鳴るカイジ。「お前言ったろう。怯えるためにここにいるんじゃない。渡るためだ。そのためには幻など恐れるな。蹴散らせ。前へ行くんだ。何が見えようと。お前が押せば亡霊の方で下がるんだよ。行け。前に」カイジの言葉に押されて前へ進む佐原。「ダメだ。消えねえ」「もう一歩行け」「もう一歩って、次はもう奴の足の上だよ」「踏みつけろ。踏みつけて越えろ。攻めるんだ」

さらに一歩踏み出す佐原。「どうだ」「ククククク」「佐原」「吹っ飛んだ。消えた。なるほど。所詮はこういうことか。死んだらゴミ」「え」「たとえどんな思いを残して死のうと死んだら無力。力なんてない。当然だよな。ここは現実なんだから。生きてる俺の気持ちが優先される。渡るぞ。ゴールまであと10メートル。ここまで来たら渡らなきゃウソだ。邪魔する奴はたとえ幽霊でも突き落とす」「佐原」

 

孤立

ゴールまであと6メートルまで迫るカイジと佐原。そんな二人を突風が襲う。(思えばなんて孤独なレースだろう。周りに何人いようと文字通りそばにいるだけなのだ。決して互いに支えあったり助け合ったりできない。一人一人のレース。しかしよく考えれば、それはこの橋に限らない。いつだって人の心はこのカイジたちのように孤立している。心は理解されないし、伝わらない。親だろうが友人だろうが教師だろうが心は解けない)

(皆、理解を、愛情を求めている。求めて求め続けて結局近づけない。ますます遠ざかるようだ。誰も人の心の核心に近づけない。世界に57億の民がいるのなら、57億の孤独があり、その全てが癒されぬまま、死ぬ。孤立のまま消えていく)

 

希望

全ての人間は手が届かない。離れている。できることは通信だけ。闇の中を尽きることなく交差する言葉たち。不確かで心もとないその言葉たち。いくら熱心に語りかけてもそれで相手が変わるとは限らない。通信は基本的に一方通行だ。本当に自分の心が相手に届いたかはわからない。しかしそれは仕方がない。通信は通じたと信ずること。伝達は伝えたら達するのだ。それ以上望んではいけない。理解を望んではいけない。

「カイジ。大丈夫か」「大丈夫だ」真の理解など不可能。そんなことを望んだら泥沼。理解とは程遠い通信だが打とう。確かに伝わることがあるから。温度。存在。生きている者の息遣い。その儚い点滅は伝わる。「カイジ。いるか。そこにいるか」「いる。いるぞ。佐原」(俺は佐原を救えない。佐原も俺を救えない。絶望的に離れ離れだ。それなのに、なんだ。この温もりは。胸から湧いてくるこの感謝の気持ちは。佐原がいるだけで救われる)

(そうか)と気づくカイジ。(希望は、夢は、人間とは別の何か他のところにあるような気がしていたけど、そうじゃない。人間が希望そのものなんだ)「カイジ」「佐原」佐原はとうとう向かいのホテルのベランダにたどり着く。「佐原」

 

魔道

ベランダに立って叫ぶ佐原。「やった。ゴールだ。この窓の先。向こう側が俺の未来。入るだけだ。しかし、取っ手がねえぞ。どうやって」「佐原」「いやある。空くぞ、この窓。カイジ、安心しろ。この窓あく」カイジは窓越しの異様な光景に気づく。佐原が開けようとする窓の向こう側に人だかりがあり、入ろうとする佐原を取り囲み笑っていた。ただその笑いは佐原を祝福しようという笑いではなく、もっと別の何かを期待する笑い。しかも隣同士皆腕を組んでいる。異様な光景。

ぞっとするカイジ。「よせ」「え」「よせ、佐原」「あ」「変だ。開けるな。その窓」「何言ってるんだ。せっかくもう少しで」窓を開ける佐原。「ぐ」たちまち突風に巻きこまれて地上に落ちていく佐原。気圧差。日常東京ドームなどで経験される気圧差による突風。つまりこの部屋はもともと入りえぬ部屋だったのだ。「佐原。佐原」