手塚治虫短編集(24) | ロロモ文庫

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悪魔の開幕

「先生。岡重明君です」「やあ」「岡君は先生にお会いできるのを大変喜んでいます」「ようこそ。君の活動は聞いているよ」「先生がこんな場末のアジトにいらっしゃるなんて」「君は今の政府を倒すためには命を賭ける、と誓ったそうだな」「当然です。それも先生の本を読んだからです。先生の思想は僕を奮い立たせます」「君に大仕事を頼みたい。丹羽首相を暗殺してもらいたい。政府を覆すにはこの方法しかない。やってくれるか」

「岡君。知ってのとおり、日本は三年前に丹羽内閣になってから戒厳令がしかれている。国民は自由が束縛され、夜間は外出禁止。映画も新聞もテレビも検閲され、電話は盗聴され、手紙は開封される。丹羽首相は自衛隊をはっきり軍隊と言いきり、憲法を改正してしまった。しかも核兵器の製造まで踏み切った。この三年間、国民の反対運動はことごとく鎮圧され、何万人が官権に殺された」

「先生は前にご本でこうなると、はっきり予測なさっていましたね」「そうだ。あの本も発禁になった。私自身も地下に潜る身となった」「先生は立派な思想家で闘争家です。僕は学生時代に先生の本に感動して抵抗運動にはいりました」「血を流すのは本意じゃない。だが事態は急を要しているのでね。君は電気科の秀才だそうだね。電気を使って首相を暗殺しろ。丹羽首相は一ヶ月後、都立劇場でバレエを鑑賞する。この時がチャンスなんだ」

岡は都立劇場の専属の電気工事を請け負う大沢電気に入社し、管理部に配属となる。岡は都立劇場のシャンデリアに銃をセットする。先生に報告する岡。「ライトを消すと同時に引き金が弾かれます。もちろん銃口は首相の席に」オペラが始まる。次々に消える照明。シャンデリアも消え銃が発砲される。しかしその席に丹羽首相はいなかった。「俺は失敗した」

先生に電話する岡。「先生。申し訳ありません」「しくじったのか。岡君、早く逃げろ。変装して姿を隠せ。私の別荘があいている。軽井沢で当分隠れていたまえ」

二ヵ月後。先生は軽井沢に現れる。「やっと会えたね。岡君」「僕も先生にお会いしたかったんです。あの事件以来、丹羽首相は狂ったように検挙を始めましたね。野党の主な連中はみんな検挙だ」「あの時、首相さえ死んでいたら」「首相は絶対死ななかったんですよ。あの時」「え」

「なぜなら首相はあらかじめあの事を知っていたからです。だからわざとあの時席を外したんです。首相の目的はわざと自分の命を狙わせて、その罪を野党になすりつけて、反対分子の息の根を止めてしまうことにあったんですよ。誰かが密告したんです」「誰だと思うね」「先生。あなたです。僕は町で先生と特殊警察庁長官と笑いながら話しているところを見たんです。先生と警察はグルだったんですね」「……」

「あの先生の言葉はみんな戯言だったんだ。口ではかっこいいことを言って、裏じゃ政府と内通しているイヌだったんだ。先生は恥ずかしくないんですか」「インテリとはそういうものなのだ。気の毒だが、岡君。今日来た目的はそろそろ君の口を塞ぐ時期がきたということだ」先生は岡を射殺する。引き上げようとした先生は部屋の電気のスウィッチを切る。すると仕掛けられた銃弾が。先生も血まみれになって死ぬのであった。